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自治体財政から考える人件費

(初出:『都市問題』05年9月号所収原稿に若干の手を入れています。)

奈良女子大学名誉教授 澤井勝


 

自治体財政から考える人件費

                      奈良女子大学名誉教授 澤井 勝

改めて問われた給与条例主義

 昨年秋の大阪市から始まった自治体職員の厚遇問題は、自治体財政における人件費のあり方についても改めて考えさせられる点が多い。この場合の「人件費」は、地方財務会計上の「人件費」の違法な運用の問題である「カラ残業」や「ヤミ専従」などの問題を含むが、その外にスーツ支給問題のように「物件費」にもぐりこんだ「給与」の問題や、互助会への「補助金」というかたちで公費を投入した「ヤミ退職金・年金」、「現物支給」などの広がりをもっている。

これらの問題は、いずれも法律又は条例に基づかない違法な給与支給のための公金の支出、または条例の不適正な拡大解釈等による市民的には認められない給与の支給のための公金の支出と言うべきである。また、特殊勤務手当のうち給与と重複する可能性のあるものや、行政の裁量に疑義のあるものも世論の批判を受けている。

 このような事情を追い風に、国家公務員の総人件費抑制論とならんで地方公務員の給与水準が地域の民間企業の給与水準に比較して高すぎるという、経済財政諮問会議の民間議員の意見に代表される議論が台頭してきている。5月24日の経済財政諮問会議では、民間議員が国と地方の公務員定数について今後5年間の「純減目標」を示すこと、国家公務員と地方公務員の給与水準の見直しを盛りこんだ「総人件費改革の基本方針」を秋までにつくるように求め、了承されている(財政経済諮問会議ホームぺージ)。

 このような事情は、職員の給与は労使自治の下に、「生計費並びに国及び他の公共団体の職員並びに民間の従事者の給与その他の事情を考慮して」「条例で定める」(地方公務員法第24条)とした自立の原則を逸脱したと考えるべきであろう。このような逸脱は「労使自治の根拠そのものをおびやかす。後述する「労使自治の限界」を前提とした、自己規律が求められる。

 

行政都市の中での錯覚

 このような違法又は不適正な給与に公金が投入されてきた原因は既にいくつか指摘されているが、次の点も基本的なポイントである。

 第一に、自治体の公務員の世界で、その給与の原資が税金だという意識が希薄だったという点である。この給与の原資が税金であるということが民間企業と異なる最も基本的な点である。このことはしばしば、指摘されながら公務員の世界では十分に反芻されることはなかったのではないか。なぜそういうことが起きるのか。そのひとつの根拠は、実際の行政のあり方として、本来の政治の主人公である「市民」が、現実の政治では「行政サービスの受け手」としてのみ、現れてきているというという点にあるからではないかと考えている。このことは企画や財政サイドだけではなく、広く公務員の世界で共有されているように見える。

このことを「行政都市」があるが「市民都市」は不在だというふうに言うこともできる。税金は国や自治体行政が予算として使うものであり、それを議会審議の議決を通してどうオーソライズするか、という転倒した関係にあることが意識されることが少なかったともいえる。

 第二には、このことと関連して、この10年、特にこの5年(介護保険と分権改革以後)ほどの変化以前は、市民に対する情報公開がほとんど行われず、行政の世界での自己了解で済んできたところに問題の根がある。このような情報の秘匿について、議会も同じ罪を背負っている。

第三にこの情報公開の遅れによって市民参加が形式化され、その形式化状態が放置されてきたことが挙げられる。市民参加の議論は1960年代に、主に革新自治体の活動の中から行われてきたが、現在はどのような政党をバックにしたにしても市民参加という言葉に抵抗を示す政治家や住民は居ないといっても良い。しかし、そのことは、市民参加の本当の意味での実現になっているかというと、残念ながらそうではないといわざるを得ない。

 

労使自治の尊重と限界

 第四には、労使関係を尊重するという観点から、給与や労働条件の運用についての情報が市民に十分に説明されてこなかった点にも大きな問題がある。給与や勤務時間、職員定数などの勤務労働条件に関しては、労使交渉によるものとすることは当然守られるべき基本である。ここには雇用者責任が厳然としてある。この労働条件についての「労使自決」の原則は、むしろ強化されるべき点である。それは地方分権の原則である、自己決定・自己責任の原則を徹底すれば、国やその他の経営者団体からの介入は厳に戒められなければならない。団結権や争議権などの労働基本権の回復を通じたILO基準という国際基準を遵守することこそ、これからの世界で、責任ある行動を取ることを要求される日本政府、および市民の態度でなければならない。

 しかし、その「労使自決」には、自ずから限界があることも明確にしておく必要がある。第一には、先ほど述べたように、税金がその原資であり、したがってその詳細についてはその本来の主権者の対する「説明責任」があるという点である。

第二には、異なった側面から言うと、公務員世界の労使の合意が、同じ勤労者である市民から共感を持って同意をえられることという条件が、その限界を構成することになる。労働組合とはもともと共助の組織であり、広く働く人々との「連帯」や「共感」を基礎にした組織であった。そのような社会的な「共感」を喪失した場合は、いわば特権を守るものとして、社会的に孤立し、批判されることにもなる。

なお、最近になって、労働基本権の回復を条件として、人事院勧告による自治体職員給与の保証の仕組み自体を改めようとの意見も政府・与党の一部に出てきているとも言う。このことは、争議権を認めることになるから、組合嫌いの保守層には認められる可能性が低い。しかし、そのように公務員の労働基本権を、国際標準にまでもっていくとすると、現在の労働組合にとって、逆の意味で厳しいことになる。イギリスやフランスなど、欧米諸国では、労働組合は産別ないし職能別組合であって、組合は基本的には企業の外にある。ところが日本の場合は、産別を名乗っても企業内組合の連合体である。この状態での労働基本権の回復は、給与や労働条件において自治体間(「企業間」)格差が今まで以上に出てくる可能性が高いことになるからである。

もうひとつ、同じ職場で働く臨時職員、嘱託、派遣社員の働く条件を改善する組合としてのより明確な自覚が求められる。

そういった点からも、労使協議は「オン・ザ・テーブル」で行われ、広く公開されることが必要である。例外的ではあるが、組合の勢いがあった70年代からいくつかの組合では、労使の団体交渉が公開で行われてきたこともあるのだから。

 

削減されてきた人件費

 ところで地方公務員の人件費そのものは、地方財政計画ベースでも、地方財政白書すなわち決算ベースでも縮小傾向にある。都道府県、市町村などを合算した純計決算では、地方自治体の人件費(職員給与費、特別職給与、委員等報酬、議員報酬、地方公務員共済組合負担金、退職金など)は、2003(平成15)年度では259323億円で、これは歳出総額の28%となる。

 この人件費のピークは1999(平成11)年度27500億円だったから、4年連続で減少し、ピーク時から4.1%、11152億円、マイナスとなっている。このような総人件費の削減は、一方でのバブル経済崩壊後の地方税と地方交付税の縮小に伴う財政危機を、まず単独事業など投資的経費の削減による歳出削減で対応し、さらに経常経費のさいだいの費目である人件費の削減による行財政改革によって克服しようとする経営努力によって生じている。このことを政府の構造改革政策とこれを受けた地方財政計画及び人事院勧告が後押しをするという構造となっている。

 

 地方自治体の人件費の推移

年度   純計決算額    対前年度増減額 対前年度比  地方財政計画給与費

1999   270474億円                 235972億円

2000   268775億円   △1699億円   △0.6%  235783億円

2001   268338億円   △ 437億円   △0.2%  235714億円

2002   263942億円   △4398億円   △1.6%  236254億円

2003   259323億円   △4619億円   △1.8%  233696億円

2004     ――                    229382億円

2005     ――                    226684億円

(各年度『地方財政白書』、『地方財政計画』から作成)

 なお、このうち職員給与費は2000年度で194370億円で前年比2.0%減、2001年度で189069億円で前年比2.7%減となり、2年連続で縮小している。

 このこともあって、国家公務員と地方公務員の給与格差を暫定的に示すとされるラスパイレス指数は、200241日現在で国家公務員を100として97.9と地方が国を下回ることとなった。都道府県が99.6、大都市が100.2、中核市も含む都市が98.2、町村は93.7である。

 なお今年の人事院勧告は、06年度以降の措置として5%削減に地域手当を組み合わせたものとなり、今年度については月給を0.36%引き下げる勧告となった(815日)。これを反映した各都道府県の人事委員会勧告も給与費削減の方向である。なお、実質的な給与は臨時の引き下げ措置もあり、さらにこれより引き下げられていると見られる。

 

人件費は事業費として

 この際に注意しておきたい点をいくつかあげておきたい。第一に、家族の変容にともない、これから公共的に解決が迫られる公共課題は、なお拡大することが必至である。そのような課題を解決する新しい公共サービスを、行政と市民、事業者が対等な関係を作る中で、すなわち協働のスタイルを作ることによって創造していくことが求められる。その際、最も重要なことは行政自身の変化が強く求められているという点である。市民の自発性やその使命を尊重して、対等にコントラクトを結ぶという原則が確立されることで、行政文化の変容こそが期待される。

 第二は、このことを市民や事業者が担う公共サービスを単なるアウトソーシングとして捉えると、公共サービスの品質に問題が生じることにもなりかねない。協働は直接的にはコスト削減、人件費の抑制策として導入されることが多いが、そのことによって、公共サービスの質が低下したり、地域最低賃金の破壊が生じたりしては、「新しい公共」の創造という趣旨に反する。

 この問題では、英国のブレア改革におけるベスト・バリュー政策では、公務における市場化テストの推進に際して、サービス水準を維持するために監査委員会による「評価システム」を重視し、是正措置を組国などしている点を見習いたい。(自治・分権ジャーナリストの会『英国の地方分権改革』日本評論社、2000年、参照)。

 第三には、これが単なる行政の役割の縮小と考えたら間違う。むしろ、地方公務員は市役所のカウンターを出て、処遇困難ケースといわれる問題を抱えた住民を地域で支え、時間をかけて安定した生活を実現できるよう、総合的・継続的・個別的に支援する仕事を、NPOなど専門集団と連携して担うことが求められる。そのようなコミュニティ・ワーカーやソーシャル・ワーカーとして地域に張り付く専門集団として、地方公務員の仕事が再構成されることが望ましい。

 つまり、人件費を事業費として活性化することが求められているのである。大阪の大東市の「リハビリテーション課」の理学療法士などの専門家集団が、住民おあらゆる年齢層を統合した地域リハビリ・システムを担っていることなどを参考にしたい。

 第四に、このことは、「経常収支比比率」の考え方を転換することも意味する。この間、投資的経費が圧縮されるにともなって、自動的に経常収支比率は上昇する傾向にあった。すなわち、過大な投資的経費の削減による人件費比率の上昇は、経常収支比率の悪化ということになるが、そのことは実は、その人件費が上のように活用されていれば、地域住民にとっては望ましい変化かもしれないのである。このことを表現できる財政指標が工夫されるべきである。

 長野県泰阜村の松島貞治村長が、65日の「小さくても輝く自治体フォーラム」で提案したように、村道の改修など公共土木事業を県に委託し、村は在宅福祉事業などに特化するという形をとるとすると、経常収支比率90以上の町村が望ましいということもありうる。つまり、人への投資、地域への投資としての人件費は、その町の個性をかたちづくる事業費として別にカウントすることも必要だと思われる。

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