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2011年 新しい貧困との闘いの道へ

           奈良女子大学名誉教授 澤井勝(初出:「地方財務」2010年12月号)

 

 景気は093月を底に上向き

 来年度の予算の内容が大体決まっている時期だが、この段階での日本経済の動向は世界経済の動きによってなお不確定である。内閣府が10年の1118日に公表した11月の「月例経済報告」では、「先行きについては、当面は弱めの動きがみられるものの、海外経済の改善や各種の政策効果などを背景に、景気が持ち直していくことが期待される。一方、海外景気の下振れ懸念や為替レート・株価の変動などにより、景気がさらに下押しされるリスクが存在する。また、デフレの影響や、雇用情勢の悪化懸念が依然残っていることにも注意が必要である」としている。

 内閣府の景気動向指数研究会(座長・吉川洋東京大学大学院教授)は106月の研究会で、「波及度、量的な変化、景気拡張の期間の3つの原則を十分に満たしており、合わせて日銀・短観やGDPなどの参考指標も検討されており、20093月を暫定の谷とすることで異論ないといった意見があった。その結果、研究会として、全員一致で第14循環の景気の谷を20093月に暫定設定することとした」と景気が上昇過程にあることで合意している。

すなわち20021月を底とする第14景気循環は、200710月に山を迎え、かなりのピッチでの景気後退に入る中で、20089月のリーマンショックによって急激で深い落ち込みを見せた。この落ち込みは、17ヶ月間に20.2%の落ち込みという過去に例を見ない急激な落ち込みであった。

しかし、今見たように093月にはこの景気後退も底を打ち、現在は相当なピッチでの景気上昇局面にあることを諸統計数値が示している。すなわち経済の状況は一時ほど悪くはない。リーマンショック後のどん底景気から着実に脱し、回復基調にあるといえる。ただし、ヨーロッパを震源とする財政危機と金融不安がギリシャからアイルランドやスペインにも波及する心配もある。そのための円高やアジアでの政治的緊張が、輸出主導の我が国経済の先行きを不透明にしているのも事実だ。

この状況に対処する施策として、政府は総額5兆円超の補正予算を1126日に成立させている。内容は、新卒・若年者支援を中心とする雇用・人材育成に3200億円、新成長戦略の推進としてエコ住宅やエコ家電の普及促進などに3370億円、地域活性化施策として地方交付税の13126億円増額(3千億円は今年度配分)、中小企業の資金繰り支援に5600億円などとなっている。これらがてきぱきと執行されるよう期待したい。

企業収益も回復してきている。東京証券取引所第1部の1342社の3月期決算集計の結果、純損益で赤字の企業は前期から半減している(日本経済新聞社)。黒字企業は2年ぶりに1000社を回復。純損益を単純に合計すると94932億円。前期は34094億円の赤字だったから黒字基調への転換は鮮明である。ただしリーマンショック前の214551億円の半分以下だから法人税収の回復はあるもののその当時ほどではない。純利益の上位はNTTなど通信や金融などで、製造業はまだ回復途上とも言える。

景気動向指数(コンポジット・インデックス=CI)は093月から12ヶ月で21.4%上昇し、これも過去に例が少ない急ピッチでの上昇である。

急激で深い落ち込みとその後の短期間での急激な回復という状況は、経済のグローバル化の結果とも言える。それだけ世界的な依存関係が強くなっていることを示している。したがって財政運営を考える場合、経済の動向にはより一層の注意を払うことが求められる。景気後退期における地域経済対策、雇用対策、中小企業支援施策などまったなしの事態に機敏に対応する必要がより強く求められるからである。

 

非正規雇用が3分の1と言う時代

一方で雇用状況はよくない。いわばジョブレス・リカバリー(雇用無き景気回復)状態が鮮明になってきている。1010月の来年大学卒の内定率は57.5%(文科省と厚労省調べ)で、これは就職氷河期と言われた20043月卒の60.2%を下回る低さだ。もっともこの卒業年次生の就職率は、翌年41日には93.1%まで延びている(就職率の分母には就職をあきらめて留年したり、進学した学生を除いている可能性があるが)。今回も支援策をフル動員して就職率を最終的には90%台半ばまであげていきたいし、その先も考えたい。

また完全失業率は1010月で5.1%と前月より0.1%悪化している。なお今回の景気後退期の失業率のピークは09年7月の5.6%である。1010月の失業者数は334万人で、097月の今回の景気後退期間のピークである369万人より35万人程度少なくはなっているが依然として高水準となっている。バブル経済期の1990年には失業率は2.2%程度、失業者数は130万人程度で推移していたのであるから隔世の感がある。

このような失業率の高さは、日本の場合、非正規労働者の割合が高い雇用構造になっていることが下支えになっている。

 

「貧困との闘い」が始まった

その結果、相対的貧困率の高止まり状況を招いている。つまり「貧困との闘い」が現在の都市政策、自治体政策の中心的な課題になっているのである。これはバブル経済の崩壊後、特に2000年代に入ってからの状況である。

「貧困との闘い」が重要な政策課題として広く意識されるようになったのは、2006年にOECD「対日経済審査報告」が日本の「相対的貧困率」が15.3%に達し、OECD29カ国のうちメキシコやアメリカなどに次いで高い方から4番目だと指摘したころからである。

 相対的貧困率とは、手取りの世帯所得(収入から税や社会保険料を差し引き、年金やその他の社会保障給付を加えた額)の中央値(平均ではなく、上から数えても下から数えても真ん中になる値)の50%のラインを貧困基準として、それ以下を「貧困」と定義し、その全人口に対する比率を言う。

 2003年度の日本の場合、「一人当たり」の手取りの世帯所得の中央値は254万円であり、この50%は一人127万円である(詳しくは阿部綾『子どもの貧困』岩波新書、2008年、44頁以下)。この貧困線は、生活保護の基準とよく近似している。この世帯所得は、最近のほうが下がっていると思われる。したがって、現在の貧困線は、中央値の60%とする方が合理的かもしれない。

09年の1020日に、政府は、日本の相対的貧困率が07年で15.7%だったと発表した。政府として貧困率を公表するのは初めて。国民生活基礎調査をもとに算出した。98年には14.6%、01年に15.3%、04年に14.9%だった。OECDの08年報告書でも04年の日本の貧困率は14.9%で加盟30ヶ国中、メキシコ、トルコ、米国についで4番目に高いこと、18歳未満の子どもの貧困率(07年)が14.2%だったと公表している。

 第二は、「非正規労働者」の全就労者に占める割合が急速に高まり、この貧困率の高さを押し上げていることや、ワーキングプアの存在が明らかになったことがある。総務省が0873日に公表した2007年の「就業構造基本調査(速報)」(5年ごと)によると、パートやアルバイト、嘱託、派遣など非正規就業者の割合が35.5%と過去最高を更新した。全雇用労働者の3分の1以上が非正規労働者なのである。この日本の非正規労働者のうち男性は就業者のうち19.9%、女性はその就業者のうち55.2%といずれも過去最高となった。前回調査の02年には前々回97年と比べて男性が5.2%増の16.3%、女性が8.9%増の52.9%と急上昇していた。この15年で急カーブで上昇したこともあって、この「非正規労働者」の急増にわれわれの認識がついて行けてなかったのである。

 最近の「労働力調査」では、20107-9月期平均の雇用者(役員を除く)は5137万人、うち非正規労働者は1743万人で34.5%となっている。前年の同じ7-9月期平均は34.1%なので前年より0.4ポイント上昇している。また派遣労働が導入される以前の19902月には、非正規労働者の比率は20.2%だったが、2002年の7-9月期にはこの比率は29.8%に達している。

このような「貧困の構造化」とでもいうべき雇用構造の変化は、自治体の財政にも大きなインパクトを与えている。近畿圏の大阪大都市圏にある人口12万人のA市の場合、給与所得者の一人当たり給与収入額は激減している。バブル経済崩壊直後の1996年度では一人当たり収入金額は647万円、所得は487万円だった。それが2010年度には収入は533万円とマイナス17.6%、100万円以上減少している。所得は390万円でこれもマイナス20.0%、100万円近く減少している。これは国税所得税から市民税への税源移譲後の数字であるので、税源移譲効果を所得減少が帳消しにしていると思われる。

 

パーソナル・サポート事業

 このような非正規雇用が産業界に強固にビルトインされている現状に対して、自治体として取り得る政策が模索されている。その一つは、パーソナルサポート事業のモデル事業の発足である。二つめは公契約条例制定の動きである。また、請負契約や指定管理者の指定などでの「総合評価一般競争入札」方式の導入と拡大にも注目したい。さらに、NPOなど「社会的企業」の起業の支援策とコミュニティ・ファンドの形成努力も目につく。

 パーソナルサポート事業とは、政府の「緊急雇用創出事業臨時特例交付金」によって造成された基金を財源に「日常生活自立・社会生活自立・経済的自立を希望しながら、その実現を阻害する様々な問題を抱える者に対して、当事者の支援ニーズに合わせて、制度横断的かつ継続的に支援策の調整、調達、開拓等のコーディネートを行う『パーソナル・サポート・サービス』の制度化」のことである。これに向けた課題を検討するため、就労を希望する者を対象に、求職者総合支援センターの枠組みを活用して、「パーソナル・サポート・サービス」のモデル・プロジェクトが実施される。これは内閣府参与の湯浅誠さんを中心に、昨年の「ワンストップ・サービス・デイ」の経験を踏まえて検討されてきた。

 この事業の一つの特徴は、自立概念の転換が図られていることである。「自立」とは「就労」することという考え方が強いが、ここでの「自立」は三つある。一つは「日常生活自立支援」で、生活すること自体が難しい、住居がない、多重債務を抱えている、預貯金がない、心の健康問題で不安、DV被害で孤立、などでの問題を解決するための支援である。「社会的自立」とは、職業生活への不適合、近隣との付き合いができず孤立している、家族や友人がなく、たまり場や居場所を失っている。そういう人をボランティア活動に誘ったりして、人とのつながりを作っていく支援である。そして「経済的自立」を目指す。この経済的自立の基盤は就労であるが、この就労支援も就職したら終わりという支援ではなく、「伴走者」として中期・長期に付き添い、相談に乗る。

このような各種支援制度の利用に関する連絡・調整・コーディネイトなどをパーソナル・サポーターが行う。つまり各支援機関をつなぐボート役、ブリッジの役割を担う。支援機関とは、 公共職業安定所(求職者総合支援センターに国が設置する職業紹介窓口を含む。)

、地方自治体(住宅手当緊急特別措置事業、公営住宅 等)、社会福祉協議会(生活福祉資金貸付事業、臨時特例つなぎ資金貸付事業)、法テラス・弁護士会(弁護士)・司法書士会(多重債務問題に係る相談等)、保健所・精神保健福祉センター(精神保健相談等)、福祉事務所・児童相談所・女性相談所(生活保護等)、ホームレス自立支援センター、シェルター、ジョブカフェ、若者サポートステーション、その他NPO法人、社会福祉法人、企業、公益法人、行政機関等である。

 今年度は北海道釧路市、横浜市、京都府、福岡市、那覇市がモデル地区として指定されて、京都府では1129日に京都駅南にある京都テルサに設置され、活動が始まっている。来年度は大阪など15地区に拡大される予定であり、具体的に手が上がっているようである。

 この事業は、国と協力しつつ、あるいは国の施策を活用して「新しいセイフティーネット」を構築するためのチャレンジである。中心は、人の活用である。パーソナル・サポーターという人を動かすことで、支援のネットワークを組織することがポイントである。

 

指定都市で初の「公契約条例」と総合評価一般競争入札の拡大

川崎市は、公共事業の品質と労働者の賃金を担保する契約の条項を盛り込んだ市契約条例の改正案を、101126日開会の議会に提案した。
 「公契約」条例は、千葉県野田市が20099月に制定しており、109月に下請けへの規制を強化するなどの改正が行われている。川崎市は全国で2例目だが対象に指定管理者を盛り込み、下請けとして従事するいわゆる「一人親方」も対象労働者の範囲に入れたのが特徴となっている。公共事業が減る中で、低価格による公共事業の受注競争が行われ、「官製ダンピング」などが指摘されていることから、市は労働者にしわ寄せがいくことを防ぐ目的で条例制定を検討してきたものだ。

それとは別に、大阪府や大阪市、豊中市、堺市などで、自治体が発注する工事や事業の請負について、一般競争入札を導入する際、価格要件だけではなく、障害者雇用率やISO1400などの取得状況、男女共同参画基準、技術水準維持努力基準など、公共政策基準を算定に盛り込む「総合評価」システムの導入が進んでいる。

前者は、地域の最低賃金の新しい水準を公共事業の契約を通じて実現し、さらに同一価値労働同一賃金の原則に接近しようとする政策目的を持つ。非正規雇用が景気対策の安全弁として活用され続けるとしたら、非正規雇用の労働者の働く条件を正規雇用の労働者に近づけることで人としての尊厳を守ることが求められる。自治体は地域で働く住民の生活を守るという使命を改めて明確にすべきだなのである。200841日から改正パートタイム労働法が施行されていることも十分に考慮される必要がある。この法律では(1)賃金、訓練、福祉厚生制度などについてのパートタイム労働者と通常の労働者の均衡(バランス)のとれた待遇、(2)パートタイム労働者の職務の内容(業務の内容と責任の程度)が通常の労働者と同じ場合の賃金の同等化努力や待遇の差別禁止が盛り込まれた。

後者は、企業がその「社会的責任」を果たすことを通じて、地域に貢献することを支援するという政策目的を持つ。グッド・カンパニーが元気な地域は、住むのにもよい地域である。NPOなどの社会的企業の活動を支えることも地域の活性化に貢献するはずである。

これら「貧困との闘い」に、自治体が積極的に参戦することが求められている。今年がそのための自治体政策のチャレンジの年になることを期待している。

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