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二宮金次郎、二つの肖像(7)

             「世界の民主主義者の一人」占領軍の評価
           堺市SS情報ひろば第22号(2015年1月1日)

                       

 二宮尊徳については、一部のアメリカ人にも知られていたようだ。1945年、日本を占領するに当たって、日本人とはなにかについて研究する中で、意外なことに「民主主義者」としての尊徳を発見し、民主主義が日本でも根づく可能性があると考えた人々が占領軍の中にもいたことがうかがえるのだ。
 1946年に発行された新1円札には、それまでの武内宿禰(たけのうちすくね)に代わって、尊徳像を使うことが許されている。またGHQの新聞課長インボーデン少佐は、1949年10月発行、日本青年館発行の『青年』誌に、「二宮尊徳を語る=新生日本は尊徳の再認識を必要とする」を書いている。
 「尊徳の事業は、その精神において深遠なものであったが、『武士に非ずんば人に非ず』の封建時代に、農夫に生まれ農夫として立ったため、後で大小の藩からの財政立て直しの顧問や、指導者として起用されたが、その手腕を大きく振るったとは言えない。しかし彼の人格と意志は全国日本人の間にまだ残っているはずである。彼が数か町村、あるいは2,3の藩の復興に試みた方法を、今日拡大発展させて、あなた方の祖国日本再建のために用いることは、あなた方の義務であると同時に権利であろう。」「近世日本の生んだ最大の民主主義者」、「世界の民主主義者の英雄、偉人」の一人、「世界最初の信用組合の創設者」とも言っている。(鹿児島大学講師八幡政則氏の論文から)
 このような尊徳理解を助けた資料の一つは、内村鑑三の『代表的日本人』だと思われる。今は岩波文庫にあるこの本は、英文で外国向けに書かれ、キリスト教世界に日本人の優れた資質を紹介しようとしたものだ。紹介されているのは、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人である。日清戦争の年に初版が出版されている。
 日露戦争後、内村がキリスト教徒として「絶対的非戦論」の立場に立つようになった1908年の改装版の序文では、「わが国民の持つ長所――私どもにありがちな無批判な忠誠心や血なまぐさい愛国心とは別のもの――を外の世界に知らせる一助となることが、おそらく外国語による私の最後の書物となる本書の目的であります」と述べている。
 あくまでも農民の側に立って、領主支配を制限する「分度」は、民主主義政治の原理である「人民の、人民による、人民の政府」に通じると理解されたようだ。農民自身の共助の力を集めて借金を返済し、入れ札によって表彰を受ける人を決め、役員を決めるやり方、などもそのように受け止められている。
 この民主主義政治の原理は、1863年のリンカーン大統領の国立戦没者墓地ゲティスバーグでの演説として有名である。このリンカーンと金次郎が、自由の女神像の前に並んだ肖像画が北海道教育大学札幌校に残されているという。これはGHQ北海道民政部から寄贈された絵だ。金次郎には三つ目の肖像があることになる。

  

 

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