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自治基本条例についてーー自治の憲法で自治法を豊かに

 

 

                           生駒市自治基本条例シンポジウム基調

 

平成19128

            奈良女子大学名誉教授 澤井 勝

はじめに

 

1、   市民自治、住民自治ということ。

 もともとのかたちは、地域の住民が自分たちの地域を暮らしやすくする仕事を共同ですることだった。たとえば、用水や川の管理(草刈、清掃、取り入れ口の修繕など)、道普請、そして地域の子どもたちの寺子屋や学校作り(学校林は今でもある)。

 そのための労力は義務的に各家庭が供出した。その底にはユイがある。岐阜県の白川郷にはかやぶき屋根の葺き替えのユイが健在ある。また、講(ならまちの庚申講など)のように少しずつお金と労力を出し合う仕組みもある。基本的には自前で、自分たちの地域の問題を解決するための仕事やそのためのつながりが住民自治だった。

2、   憲法92条で、地方自治体の組織と運営に関する法律は「地方自治の本旨」に基づいてつくられ運用されるべしと書かれている。この「地方自治の本旨」はふたつあるとされている。ひとつは「団体自治」で、自治団体は国から「独立」している、自治が保障されていることを言う。平成12年の地方分権一括法と改正地方自治法で明治以来の機関委任事務制度が廃止され、この「団体自治」は強められた。いまや国と都道府県、国と市町村、そして都道府県と市町村は、法律的には「対等」で「平等」である。


2−1、もう一つの「地方自治の本旨」は、「住民自治」である。これは住民が住民として自らの力で地域を管理し、経営することにほかならない。先ほどの道普請や村道や池の清掃や管理であり、村祭りや盆踊りの世話である。そこには自律権もあった。掟である。世話人が集まる寄り合いが様々な仕事のの段取りを決め、人を動かした。それは今でも町内会や自治会、社会福祉協議会、そしてPTAなどというかたちで引き継がれている。 

 

3、しかし実際には、住民自治は十分に尊重されてこなかった。

 

3−1 理由の第一。昭和30年以降の市町村大合併から、行政が大きくなりあたかも自治の主人公のように成長してきたことがある。自治の主体は行政だというような考え方も生じた。地域の自立的な住民組織は、行政の末端組織となってしまった。種々の法律の制定で地方公共団体の権限が大きくなったこともこの状況を助長した。

 

3−1−2現在もこの傾向は強まっている。公務員の自治体経営の能力が高まり、NPMなど行財政管理技術がより専門性を高めている。そのために、行政はますます、市民を統治する対象、支配する対象、管理する対象とする傾向が強まる(ほおっておけば)。

 

3−1−3 この結果、みんなのために働く「公」というのは、官に、公務員に独占されるようになってきた。昔は家族と地域が担っていた様々な「公的仕事」を行政に委ね、税金で賄うことが必要になり、(家族の力と地域の弱体化のために)それを当然とする考え方が広がっていった。例えば、道の管理、ゴミ処理、育児、介護、火の用心の夜回り、など。このことは社会組織の発展と言う側面もあり、当然の社会的動きだとも言える。

 

3−1−4 しかし、結果として住民無視の「縦割り行政」がはびこることとなったことも、官僚化、あるいは行政責任の拡大のデメリットである。住民は自らのことだけを主張する「私民」となり、地域の政治的な主人公として、みんなと協力して地域の問題を解決することに協力する人が少なくなっている。

 

3−2 理由の第二。地方自治法にも問題がある。現在の改正自治法も、その大部分(多分7割ぐらい)は明治21年の「市制町村制」(山県有朋がつくった)の規定をそのまま引き継いだものだ。明治21年とは、明治23年に大日本帝国議会が開設される前で、したがって天皇の命令である勅令によっている。つまり民主的に、議会で制定されたものではない。その後の改正は議会審議にかかっているが。

 

3−2−2 たとえば「住民」の定義である。

市制第6条 凡市内ニ住居ヲ占ムル者は総テソノ市住民トス

凡テ市住民タル者ハ此ノ法律ニ従ヒ公共ノ営造物並ビニ市有財産ヲ共用スルノ権利ヲ有シ及ビ市ノ負担ヲ分任スルノ義務ヲ有スルモノトス

 

地方自治法第10条(昭和18年一部改正)

 市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。

 住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

 

このように住民の定義は、明治以来、地方自治法の上では、まったく変わっていない。したがって、現在の地方自治法には「住民の権利」「市民の権利」の規定はほとんどない。「市民の権利」としての「住民参加」、「市民参画」、「情報の公開」「情報の共有」などは影も形もない。(ばらばらの形で、選挙権(日本国民たる住民の権利)、直接請求権(同じ)などが規定されているが。)

 

3−2−3 しかし、実際の地方自治体のあり方をめぐっては、1970年代から、「市民参加」の取り組みが進み、市民運動、住民運動が起きてきた。そして2000年以降は様々なNPOやボランティアが、地域の自治組織(町内会や自治会、区長会など)とならんで地域社会のいろいろな問題に取り組むようになってきている。地域自治組織も行政の下請けを脱して、福祉や安全などをつくる本来の自治への取り組みを進めるようになってきている。

 

3−2−4 自治基本条例をつくり運用するということは、このような市民自身が自治体の主人公になり、権限を持つ行政と協働しながら、地域社会の「公的仕事」ともに担っていくための法律的な土台をつくることである。

 

4、   なぜ基本条例か。

条例は自治体議会がつくる「自治の法規」であり、国の法律と並ぶ法律である。ただ憲法や国の法律に違反することはできない。

 条例は市民、住民の権利を創設したり、権利を制限したり、義務や負担を課すことができる。最近では京都市の景観条例、大阪市の路上喫煙禁止条例。東京都のホテル税条例、奈良県の森林環境税。生駒市でも「生駒市法令遵守推進条例(いわゆる「口利き条例」)」。「生駒市環境基本条例」なども。市民の権利に関しては、情報公開条例、行政手続き条例、などがある。

 

4−2 「自治基本条例」はそれらの多数ある条例の基本となる条例である。生駒市の全ての条例や規則がそれにしたがって定められ、解釈され、運用されることが期待されるのが「基本条例」である。特に市民自治、住民自治をつくり、本来のまちの主人公である市民、住民がその意思で、市の施策をコントロールできるような、「自治体の憲法」としての条例である。

 

4―3 今ある諸条例は、その多くがこのような「市民と行政が共に公的責任を分かち合う」と言う観点から策定されていない。したがって、その運用に当たっては、市民自治と協働の観点から解釈され、運用されなければならないし、必要とあれば、改正することもありうる。繰り返せば、そういう意味でも、「自治基本条例」は「自治体の憲法」のようなものである。

 

4−4 このようにして現在の国の憲法で定める「地方自治の本旨」を、すなわち「団体自治」と「住民自治の保障」という理念を、地方自治法を補完しながら、この生駒市で具体的に実現していくことになる。

 

おわりに 

そして、志ある住民が、「私民」から「市民」になっていくことを助ける、自立的な地域立法でもある。

 

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