TOPPAGEまちづくり、地域活性化依存なくして自立なし
依存なくして自立なし          澤井勝
           (初出:『自治日報』「コラム自治」06年3月3日号)
 この4月から身体、知的、精神の各障害者を包括的に支援するとする障害者自立支援法が施行される。また介護保険でも新しく地域包括支援センターを中心とする予防事業が手探り状態で始まる。同様に、高齢者虐待防止・介護支援者法も4月に施行され、既に施行されている児童虐待防止法(0010月施行、056月改正)やDV法(0110月施行、046月改正)、学習障害児など発達障害者自立支援法(054月施行)と合わせて、これら施策の第一線である市町村の責任は格段に重くなった。また、生活保護についても、市町村合併の進行に伴なって府県の担う事務量が大幅に減り、新市も含む都市の役割が飛躍的に大きくなっている。

このように見ると、21世紀の市町村は、最初の5年で劇的に変化したと見るべきなのだ。つまり格差が拡大するなかで苦境に立つ人々やその家族の生活を地域で支える最初の政府が十分に装備された市町村なのである。都道府県はその市町村の活動をバックアップする助っ人である。

ただし、そのように期待される市町村の現場では財政難の折から担当の職員を十分に配置できず、とりあえずの兼務や嘱託など臨時職員対応で切り抜けているところが多い。しかしこれでは、地域の活性化にはならない。

最もハンディキャップをもつ人々が、安心して暮らせる町はいい町であり、外来のひとびとを暖かく迎える余裕のある町で、相互に支えあう活力のある町だ。逆に問題を抱えた人々に冷たい町は、ダサイ町で、若者が出て行くのを止めることはできない。若者が出て行くのは、若者自身の責任ではなく、ダサイ町を作ってきている現在の大人の責任が大きい。大人が変わらなければ、地域は活性化しないのだ。

大人が変わる方向のひとつのヒントは、この新しいセイフティーネットを支えるキーワードである「自立」であり「自立支援」にある。この自立には2段階ある。まず自分のことは自分でするという意味での自立であり、「他人様に迷惑をかけない」という意味での自立である。これが普通に捉えられた自立で、リハビリテーションなどはこの意味でのADL(日常生活動作)自立の先に納税者市民としての自立を目指すものだ。この自立をまず目指したい。特に男性の場合、食事を作れるという生活技術の面での自立が基本だ。

 もうひとつは、介護保険制度や障害者自立支援法にいう自立である。これは介護を24時間必要とする全身性の障害者や、要介護度5という寝たきり状態の高齢者の自立を支援しようとする思想だ。「他人様のお世話」を不可欠とする障害者の自立とはなにか。それは、「自分の意思で自分の生活をコントロールできる」ということであり、そのときに、ケアを必ず必要とする。しかしそのケアが十分であれば、自分の夢を実現し、生活を自分の意思でつくることが可能で、生きる喜びを共にできる。それがもうひとつの自立だ。

考えて見ると人はお互いに迷惑をかけあって暮らしている。「迷惑をかけるな」という言葉は、迷惑を十分にかけているから出てくる言葉だ。存在自体が他人の迷惑という場合も結構ある。こんな相互依存関係によって私たちの生活はどうにか回っている。この事実にもっと目を向けたい。

自治の問題で言えば、東京など大都市は地方への依存関係の中で「自立している」。水や建築資材、廃棄物の処分場、障害者施設などの資源の面でも、労働力の面でも、また命の洗濯の場としても、地方に依存している。これらの依存関係を失った大都市は衰退する。奈良の都が平安京に移らざるをえなかったのは、水や森林資源のありようが決定的だったのではないかと思う。

つまり「依存なくして自立なし」なのである。自立の意味が自らの欲するところを自らの意思で行えるというところにあるとすればこの依存関係(相互扶助関係)を大事に活用し、意識的に構築していくことによって、より確実で豊かな自立を手にすることができる。これは、地方的地域もまた、東京や大都市との豊かなつながりを常に再生産するところに、自立の基盤があるということでもある。交流と自立支援に注力したい。

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