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事務配分と財源配分

 事務配分とは権限配分を含む概念だが、分権化論からいえばむしろ権限配分が主であるべきである。権限なき事務が配分されても、権限を持った国等の手足になるだけで、地方自治の強化にはつながらないし、むしろ阻害することにもなるからである。
 事務権限の中央政府と府県、市町村という政府間への配分の考え方のひとつに、シャウプ勧告(第一次勧告、一九四九年九月)が示したクリアカットの原則がある。これはひとつの行政サービスの権限は、ひとつの段階の政府に割り当てられべきであるというもの。これは現在スエーデンやデンマークなどに見られるように医療は県レベルの政府が、社会福祉は市町村レベルのコンミューンが専ら行っているシステムと同じである。そのことによって住民にとって行政責任が明確になると考えられる。そのために、事務配分の具体的な勧告を行うために同年末に置かれたのが「地方行政調査委員会議」、通称は委員長の名前から神戸(かんべ)委員会である。この神戸勧告は一九五〇(昭和二五)年末に行われた。また、補助金の制度も行政責任の明確化を妨げ、地方自治を阻害するものとして原則的に五〇年度からは廃止し、必要な財源は地方財政平衡交付金を設けて、一般財源として保障しようとした。合わせて市町村税の独立税化などを含む強化が提案された。つまり事務権限の配分と税財源の配分とは表裏一体のものとして提案されたのである。
 そして合わせて市町村優先の原則、すなわち住民により近い政府を強化することによって、民主主義の進展をはかることとしていた。さらに事務権限の配分の考え方もまず市町村という基礎的自治体に配分し、規模や広域性などから市町村には不適切であるものは府県に、さらに府県の手に余る権限は国にと言う、積み上げていく考え方であった。
 このシャウプ勧告の内容は、占領の終了と各省庁の抵抗、逆コースといわれた戦後改革の否定の流れの中で、事務権限の再配分は実現せず、国庫補助金も一九五四(昭和二九)年度には全面的に復活するなど、機関委任事務と補助金の組み合わせによる五五年体制下の日本的な統治構造が形成されたといえる。
 現在の我が国の事務権限の配分は、行政責任の明確化する仕組みも、仕事をする権限とそのために必要な財源を確保する権限を一組にした仕組みも、きわめて不十分である。あらためて権限と事務の各レベルの政府への分権的な配分と、それを保障する税財源の再配分が求められる。

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