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地域主権」確立とナショナルミニマム
自由原理と平等原理の間で
              (初出:三重県政策部『地域政策』2010年3月)


 

                    

奈良女子大学名誉教授  澤井 勝

 

動きだした「地域主権」改革

  20091215日、鳩山内閣は、「地方分権推進計画」(以下「計画」という)を閣議決定し、公表した。これは地方分権改革推進法(20061215日、法律第111号)の第8条第1項に基づくものである。

 この「計画」は、地域主権改革の第1弾と位置づけられている。内容は、第一に、自治体の自治事務に対する法令(法律又はそれに基づく政令)による「義務づけ・枠付け」の見直しと条例制定権の拡大、第二に、国と地方の協議の場の法制化、第三に今後の地域主権改革の推進体制、となっている。

 この「計画」の中心部分は第一の自治事務に対する法令による「義務づけ・枠付け」の見直しと条例制定権の拡大であるのは周知の通りである。ここでは、この「義務づけ・枠付け」の見なおしを中心に検討することとしたい。(なお、これについては『自治総研』101月号の上林陽治『義務づけ・枠付けの見直しとはなにか』に多くを負っている。)

 もちろん、地方と国との政府間関係に大きな影響を及ぼすと考えられる「国と地方の協議の場の法制化」も重要である。これについては10219日の『官庁速報』(時事通信)に「国と地方の協議の場に関する法案」の概要が報道されている。

これによると「協議の場」法の目的は、「地方自治に影響を及ぼす国の政策の企画、立案、実施について国と地方の代表者が協議し、地域主権改革の推進を図る」としている。議論になっていた首相を議長にするかどうかは、会議の招集権を首相に与え、「いつでも協議の場に出席し、発言することができる」とし、議長と議長代行は首相が関係閣僚から指名することとしている。議長は官房長官とした。国側のメンバーはこの他に地域主権推進担当相、総務相、財務相と首相が指名する閣僚。地方は地方6団体からの代表1名づつ。35日の閣議で決定し、直ちに国会に上程、今国会で成立させるようだ。法の施行は公布の日としている。

 これについては、地方団体側からは「協議の場の法制化」については評価する一方で、「ガス抜きの場にならないようにしなければならない」「招集権の発動がどう行われるか不透明」など懸念の声もある。また私見では、常設の委員会ではなく、あくまで「協議の場」にとどまるものであるようだが、これでは不十分で、早期に常設の「政府間関係調整委員会」に発展させ、強力な独立した事務局を整備するべきであると思う。1950年に地方財政平衡交付金制度が作られたときの「地方財政委員会」のような機関を想定しても良い。

 

地方分権推改革進委員会勧告と地方分権推進計画

 さて今回の「計画」に言う「義務づけ・枠付けの見なおしと条例制定権の拡大」だが、この具体的な内容は、従来の「地方分権改革推進委員会」(丹羽宇一郎会長、西尾勝会長代理、任期は103月まで))の第三次勧告「自治立法権の拡大による『地方政府』の実現へ」(2009107)を引き継いだもので、さらにその勧告内容を地方団体要望に絞っているものと言うことができる。

 この第三次勧告では、それまでの事務事業の見直し作業から、三つの重点事項として第一に、施設・公物設置管理の基準、第二に、協議、同意、許可・認可・承認、第三に、計画等の策定及びその手続き、を挙げている。全体では1206条項を検討対象とし、そのうち877条項を見直すとした。これと平行して整理された地方団体からの要望事項は103条項、後に104条項があるとされている。

これに先立って行われた第二次勧告(2008128日)では、「義務付け・枠付け条項」は482法律、10,057条項あるとされていた。このうち分類のメルクマールに従った検討で、現行規定を見直さずに存置するものとされた4,389条項をはずした4,076条項が見直し対象とされていた。

 このうちさらに第三次勧告で見直すとした877条項の内訳は、(a)施設・公物設置管理の基準が142条項、(b)協議、同意、許可・認可・承認についてが166条項、(c)計画等の策定及びその手続きが584条項、となっていた(重複が15条項)。

 そして鳩山内閣の「地方分権推進計画」である。この「計画」では次のような位置づけを与えられている。

「地域主権の確立は、鳩山内閣の『一丁目一番地』である重要課題であり、明治以来の中央集権体質から脱却し、この国の在り方を大きく転換する改革である。国と地方自治体の関係を、国が地方に優越する上下の関係から、対等の立場で対話のできる新たなパートナーシップの関係へと根本的に転換し、地域のことは地域に住む住民が責任を持って決めることのできる活気に満ちた地域社会をつくっていかなければならない。

 このため、地域主権改革の第一弾として、義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大、国と地方の協議の場の法制化、今後の地域主権改革の推進体制について、以下のとおり所要の取り組みを推進することとする。」

 以上のような壮大な位置づけを得て「義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大」の当面の取り組みが示されている。

 

義務づけ・枠付けの意味

この「義務付け・枠付け」とは、第二次勧告の定義では次のようになっている。「『義務付け』とは、一定の課題に対処すべく、地方自治体に一定種類の活動を義務付けることをいい、一定種類の活動に係る計画策定の義務付けをも含む。『枠付け』とは、地方自治体の活動について手続き、判断基準等の枠付けを行うこと。」

 

条例委任の基準は三つ

また「施設・公物設置管理の基準の見直し」では、「計画」では次のように述べている。

「管理の基準を条例に委任する場合における条例制定に関する国の基準の類型は、第3次勧告に沿って、次のとおりとする。

@ 従うべき基準 

条例の内容を直接的に拘束する、必ず適合しなければならない基準であり、当該基準に従う範囲内で地域の実情に応じた内容を定める条例は許容されるものの、異なる内容を定めることは許されないもの

A 標準 

法令の「標準」を通常よるべき基準としつつ、合理的な理由がある範囲内で、地域の実情に応じた「標準」と異なる内容を定めることが許容されるもの

B 参酌すべき基準

地方自治体が十分参酌した結果としてであれば、地域の実情に応じて、異なる内容を定めることが許容されるもの」

これに従って、たとえば「児童福祉法に基づく児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」は都道府県、指定都市、中核市及び児童相談所設置市については「条例に委任する。」条例制定の基準は、医師等の資格、職員の人数、居室の面積、人権侵害の防止などに係る規定は「従うべき基準」とする。施設の利用者数に関する基準は「標準」とし、その他の基準は「参酌すべき基準」とする。ただし、保育所にあっては、東京等の一部の区域に限り、待機児童解消までの一時的措置として、居室の面積に関する規定は「標準」とする、とした。

 

政務官折衝などで121条項に

 今回の取り組みは地方分権改革推進委員会の第3次勧告を尊重し、地方自治体から要望のあった104条項を中心にし、先の三つの重点項目とその他の計4項目について、法制上の措置を取るとしている。これは091112日以降の政務官折衝や副大臣折衝など各府省との数次にわたる折衝の結果である。第3次勧告と比較すると、同勧告どうりの見直しが36条項、一部実施が34条項、合わせて70条項。そのほかに地方要望分以外の51条項を含めて法制上の措置は121条項にとどまるとされている(上林106頁)。第三次勧告の見直し対象877条項に対比するとしても、いかにも少ない。もちろん自公政権下では、まったく動く気配さえなかった自治体の自由度拡大の動きとすれば、これでもある意味では驚嘆すべき成果ともいえるのだが。

 したがってまた、20091214日に第一回会議が開かれた「地域主権戦略会議」(鳩山首相議長)で示された「地域主権戦略の工程表」(原口プラン)では、2010年夏までに「地域主権改革大綱(仮称)」を策定し、この中で第三次勧告の残りの条項についても新たな計画として盛り込むとしている。これと第一次勧告の「都道府県から基礎的自治体への権限移譲」を合わせて10年度末までには「地域主権推進一括法」(第二次)として法案化し国会に提案することとなっている。

 なお、今回の「計画」に乗った121条項については、原口プランによれば103月末までに「地域主権推進一括法案(第一次)」としてとりまとめ、国会に上程される予定である。その際、内閣法制局との間で、「地域主権」という文言を法制化するための調整が行われている模様である。

 

条例委任とナショナルミニマム

 このような不十分ながら地方自治体の自由度を拡大する「見直し」は、小泉内閣時代に強かった「行革」を通じた「小さな政府」への流れと一線を画す「自治拡充」「自治体の自由度拡大」の流れの中にあると捕らえることもできる。そういった観点からは、今後とも第三次勧告を各府省の抵抗を押し切って実現していくことが望まれることになる。そのための「政治主導」こそが期待されるのだが、府省の壁は今まで以上に厚いことが予想される。

ただし、そのような地方自治体の自由度を高めるとする「法令による規制から条例による規制へ」という分権の流れは、現実には強い反発を生むことになることもはっきりしてきた。それは各府省の抵抗が、ナショナルミニマムの確保と言うことを論拠として行われ、現場からの強い支持を得ているかに見える点である。今回も条例委任の提案に対して最も大きな抵抗を行い、それなりに原案修正が行われた保育行政にその典型を見ることができる。

保育所の場合、第三次勧告は職員配置や施設面積の基準は全て「廃止又は条例委任」とされていたものであったが、「計画」では、職員の資格や人数、施設の面積などは「従うべき基準」で、利用定員などは「標準」とされている。ただし、東京都など地価が高いことから特に保育所建設が進まない一部地域で面積基準も「標準」とする案となった。これは09107日の第三次勧告の提出以後、主に政令指定都市の担当部局や保育労働者組織、あるいは保護者団体などから、特に面積要件を条例に委任すると、現状ではかなり狭小なものまで認めるところが出てくる可能性があり、保育の内容を引き下げ、子どもへの影響が心配される、と言う観点からの反発が強くあがり、それとの妥協であった。

 同様な基準設定は老人福祉法の特別養護老人ホーム、介護保険法の指定地域密着型サービス、介護老人保健施設においても行われている。

 

条例委任によってどのようにナショナルミニマムを確保するか

 ところで、保育所の面積要件について時事通信が行った23区と18政令市に対するアンケート調査では、昨年の111日時点で、国より厳しい最低基準を設けている自治体は28市区にのぼる(『官庁速報』12日)。特に0-1歳児の保育室についてはかつて国や東京都が補助基準としていた5平米以上を準用している自治体が多い。国の基準は厚生労働省令で、0-1歳のほふくをしない乳幼児については一人当たり1.65平米とされているから、大幅に超過している。国の基準を超えていることについては「保育の質の確保」(世田谷区)、「引き下げは保育環境の悪化につながる」(大阪市)などとしている。

 基準の見なおしについては、この調査時点では東京の16区と12の政令市が「予定なし」としている。こういった点から、この記事では「待機児童解消は期待薄?」としている。しかし、逆に言うと「予定なし」としている市区の他の14市区は「基準見なおし」の可能性を示唆している訳であり、この点についても考えておく必要がある。また、今後、法改正が行われたのちには、現在は「予定なし」としている中から「見なおし」に転換する市区もあると考えられる。

 したがって条例委任が行われ、その基準が「標準」であったり「参酌基準」であったりした場合、どのように条例による基準を設定するか、と言う問題は依然として大きな問題として残ることになる。すなわち、「参酌基準」であれば国の基準以下の規制をすることも可能であるから、その場合、保育なら保育のナショナルな最低基準をいかに保障するかという問題をどのようにしてクリアーするか。これは自治体と保育事業関係者にとっての難問である。

 

自治体の自由度を高めることと平等性確保との矛盾

 もともと自治体が統治団体としての自由度を高めようとするのが「分権改革」であり、「地域主権改革」であるとすると、自治体間の格差が広がることを認め、自由な都市間競争を可能にすることによって地域住民や自治体職員の活力を引き出すことが求められることになる。このような競争は我が国全体の自治体がその存在意義を問うべく知恵を出し合い、「政策イノベーション」を」すすめる動機付けの源泉でもある。このような「政策イノベーション」によって「居眠り自治体」を起こし、地域から国に依存しないで住民の生活を再建する方策を探ることにもなる。そのことでわが国全体の活力を引き出す、という主張にもつながる。

 一方で、保育所の待機児童を無くし、働こうとする女性を支援するために保育所を設けやすくすること、すなわち狭くてもいいからより多くの保育所をつくるとすると、そこでの保育環境を悪化させかねない。保育環境を犠牲にして、母親の働きやすさと産業的発展を望むのか、と言う問題に突き当たる。地方自治体の自由度を高める「分権改革」は、そのような地域的選択をも自治体に可能にするという側面を持っている。究極の決定権は地域住民とその代表者(首長と議会)にあるのだから、ナショナルミニマム以下の基準を選択する自由もまた、そのリスクとともにあることになる。

しかし、他方では憲法25条に言うような、国民であれば、どこに住んでも同じ権利を行使し、生活上の利便を保障されるべきだという平等への希求は否定することはできない。こうして「自治体の自由原則」と「国民の平等取り扱い原則」とはしばしば対立することとなる。

 

自由、平等、博愛(友愛)(リベルテ、エガリテ、フラタルニテ)

 近代国家をつくった革命としてのフランス革命(1789年)の標語は「自由、平等」であり、これに「博愛」(友愛)が付加されるのは1848年革命後の第二共和国憲法である。このことは、「自由、平等」を掲げたフランス革命が、ナポレオンの帝政を導き、その後の動乱と戦争の時代にも引き継がれたこともあって、この両者の対立的関係と欠陥を補うという意味を「博愛」(友愛)が与えられたように思われる。

 現在でも、「自由」は保守主義や自由主義に傾き資本主義の爛熟と極端な格差を生む。「平等」は社会主義に傾き、これも極端な自由の制限と抑圧に至る。この両者をバランスさせるのが「博愛」(友愛)だというように考えてもよいであろう。では「分権改革」や「地域主権の確立」において、自由の行き過ぎによる権利の侵害や極端な平等主義による躍動感の閉塞を回避し、「自由と平等」という二つの理念を両立させる「博愛」(友愛)原理とはなんであろうか。原義である「フラタルニテ」とは「兄弟的同胞愛」とでも訳すべきものだそうだが、一つの関係性を表現するものである。ここでは、このフラタルニテを、「相互依存関係の承認と尊重」とその実現とでも名をつけておきたい。この相互依存関係とは、政府間の関係であり、自治体間の関係であり、また市民と政府との間に成立している関係である。

 そしてこの相互依存関係は、篠原一『市民の政治学』(岩波新書)で示された「討議デモクラシー」において見られる「コンセンサス会議」のような合議体において確認されることになるのかも知れない。「博愛」(友愛)とは相互に依存している関係を尊重する意識である。自らの自立や自由が、他者に対する依存関係によって存立している、ということを意識し、確認することでもある。また自らの権利は、他者によって守られているという共通の意識である。

 大都市が実は、食料や水や空気、休息のための空間などを農山村や過疎地に依存していること、それらの関係を失った都市は衰滅してきたことをわれわれは知っている。過疎地はまた大都市からのIターン人口や地場産品のお得意先としての大都市に依存している。

 

自由と平等を相互依存関係を尊重する議論で実現する

 自由を主な軸足とする人と、平等を主な軸足とする人がいるのは当然のことである。そして集合体としての人々がどのような程度で、この間のバランスをとるのかは、民主主義的な討議の結果であるべきなのだ。条例への委任の基準と具体的な水準は、そのようにして自治体と言う政府における「熟議」と、政府と当事者による「討議」で決められていくべきである。また、国と自治体という政府間関係を前提に、なにをどの程度自治体の条例基準に委ねるかは、やはり民主主義的討議に基づく合意において形成されるべきである。それが21世紀の「博愛」(友愛)のあり方であり、自由と平等をバランスよく成立させる基礎である。そこに「分権改革を通じたナショナルミニマム」の我が国の地域における実現と保障が展望されると考えたい。

 

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