TOPPAGE分権改革>地域社会の再生は可能か

地域社会の再生は可能か
     (『現代の理論』第2号、2005年1月、所収)

                                       奈良女子大学  澤井 勝


地域社会の再生は可能か

なぜ地域社会か(1)介護保険と地域福祉計画

 ここのところ「地域社会」の衰弱や解体がさまざまなかたちで問題とされている。この「地域社会」の解体や衰弱は、「家族」の変容や解体と平行して議論される場合が多い。「小規模化して孤立する家族」の抱える問題をどう社会的に解決できるかという問題である。

 たとえば、2000年度の介護保険制度の導入とその運営に当っては、この家族と地域社会の機能不全ないし解体という社会システムのほころびを前にして、「介護を要する人」と「介護をする人々」とが、社会的に孤立する中で、最後には無理心中をしたり、そこまでにいたらないにしても虐待する関係にいわば追い込まれている状況を、制度的に変えようという意図が強く働いている。

このような社会的なアジェンダが、実際に介護をしてきた人々、特にその圧倒的多数をになう女性たちや、ジャーナリスト、そして福祉施策を担う現場の労働者や官僚、および政党のかなりな部分において共有される中で、様々な議論の割には比較的スムーズに「公的介護保険制度」が生まれてきたのではなかったろうか。そのキーワードとして「介護の社会化」というふうに言われたことは、このことを表現している。「権利としての福祉」という言葉も定着してきつつある。

もっとも「介護の社会化」は、家族による介護を福祉の措置に置き換えることだけでは成立しない。それだけでは地域社会の中で、「小規模化して孤立する家族」を支えることはできない。「小規模化して孤立する家族」が抱える問題を、行政的な措置だけで解決することは難しいのである。まず財政的な制約のために十分な人手を確保したり、それを365日、24時間稼動させることは困難である。それと共に、柔軟さを欠いた、縦系列の命令系統に依存する官僚制的な組織原理(後にふれるヘルシャフト的)の制約がある。そのために、地域における住民同士の「助け合い」や「ふれ合い」のような、人々の横のつながり(後に見るゲノッセンシャフト的な)仕組みを再建するか、新しくつくり、自治体や民間の専門職(コミュニティ・ソーシャルワーカーなど)との協働を構成するというかたちで「新たな地域社会」の構築が望まれている。そこにおける、行政の新しいあり方、いわゆる「市民と行政とのパートナーシップ」を本格的に担える公務員への転換、もまた強く要請されている。

ちなみに本誌創刊号の巻頭の対談、「ヒトはいかなる星のもとに生きるのか」でも次のように議論されている(21頁から22頁)。

「沖浦 そのようにみてくると、コミュニティの解体は、そのままヒトの死滅に直結しますね。ヒトは「群れ」でないと生きて行けない。

尾本 要するにエゴイズムだけではダメで、他人を慮ったり、共感を感じるってことも大事。思いやり、相互扶助、これが非常に大事なんですよ。ところが人間は、アグレッシブな行動とか、やれ競争とか、そういう局面ばっかりもてはやされるような、世界の時流がありますよね。」

 

地域福祉計画をきっかけに

 ところで2000年に改正された社会福祉法において位置づけられ、2003年から関連条文が施行されている「地域福祉計画」も、福祉的課題を解決するべく「小規模化して孤立した家族」を支援することが中心的な課題である。この市町村「地域福祉計画」の特色はその策定について、「住民参加」を不可欠なものとしていることである。というより、住民が主体となって地域福祉計画を策定し、その地域福祉計画を推進する主体ともなる、これが法の建前である。実際には、「行政計画」であるからとして、住民の意見は何らかの形で「反映される」にとどまる例が多いのが現状だが。

しかし,この地域福祉計画の中心的な問題は、地域での高齢者や障害者の生活を支えるボランタリーな組織の確立であることは明瞭である。それは地域社会福祉協議会の再編や自治会や町内会、民生委員の機能の活性化と、ボタンティアやNPO団体との協働と、諸専門機関の連携とを組み合わせたものとなりつつある。われわれは奈良県や大阪府の複数の市町村の「地域福祉計画」策定の作業に参加する中で、ボランタリーに活動している多くの市民が、この計画策定と推進に自発的かつ積極的に加わっていることが確認できた。

 この場合の地域とは、普通は小学校区を指す。あるいは中学校区の場合もある。「小学校区」とは、小学校一年生が歩いて通える範囲であり、高齢者にとっても日常の買い物など生活の圏域として、もっとも関係が濃い地域だからである。

もうひとつは、もっと狭い「地域社会」も考えられている。それは「近隣社会」であり、わが国の場合は、字(アザ)単位や、区あるいは斑といったまとまりである。つまり生活のスケールを観察すると町内会や自治会というひろがりやまとまりよりさらに狭域の社会的なまとまりに基礎があることがわかる。そのような狭域の地域で見ると、「単独の高齢者世帯」と共に、「高齢者のみ世帯」、「障害者を抱えた世帯」「孤独に子育て中の母親」が大きな問題を抱えていることが見えてくる。このような個々の家族や単身者がそれとしては対処が難しい生活上の困難を、近隣の住民が支える仕組みとして「地域福祉計画」が策定され、実施されることが必要だと考えられる。これらの高齢者や障害者、子育て家族の買い物や通院の支援、ゴミだし、デイサービスや骨折予防教室への送迎、家屋や設備の簡単な修理、災害時の情報伝達や避難活動への支援、話し相手、介護や病気の相談、ショートステイ、直接の介護や育児支援など。

 このような「地域福祉計画」を市民の側から提案しようという運動が、埼玉県のNPO法人「さいたまNPOセンター」(理事に堀越栄子日本女子大学教員ら)とそのプロジェクト「埼玉県地域福祉計画立ち上げ隊プロジェクト」によって02年から取り組まれた。この一年間の取り組みで「7つのだんだんわかってきたこと」が挙げられている(編集・発行同NPO『まちがだんだんみえてきた』20032月)。

1、これまでの福祉とはちがうんだ。くらしの視点から地域を見直すことなんだ。

2、地域福祉計画策定はきっかけのひとつでいい。大切なのは、私たちがまちに関わる姿勢だ。

3、バラバラでは力が発揮できない。地域をつなぐ「人」と「場」が必要なんだ。

4、多様な個人が集うからおもしろい。市民主体の会議づくりが苦労のしどころのようだ。

5、市民と行政がパートナーとして手をとりあうには、まず「お互いに認め合う」ことからはじめる。

6、地域福祉を本気で実現しようとしたら、縦割り行政を横につながないとダメじゃない?

7、わたしたちは、まず自分たちの地域からはじめます。

 ここには、これからの地域社会をつくる市民の活動のあり方が、ほぼでそろっている。

 

なぜ「地域社会」か(2)地域就労支援事業の場合とコミュニティ・ビジネス

 2000年の4月から地方分権一括法が施行されたが、それに前後していくつかの重要な個別法改正、あるいは新法設置が行われている。そのひとつに、職安法の改正がある。03年の6月の改正によって、都道府県や市町村も、厚生労働大臣への届出によって「無料職業紹介事業」を国のハローワークとならんで行うことができるようになった。改正法の施行は043月からであるが、既に大阪府の和泉市などで始められている。ここでの「地域」はとりあえず「市町村」という範域となる。もちろん、人口10万程度の規模の都市が適合的で、政令指定都市であれば各行政区を地域政府化したような分権化が求められる。

 和泉市の場合は、高齢者や障害者、被差別部落出身者や母子家庭の母親など、就業するのにハンディキャップのある人々への支援事業として無料職業紹介事業を行っている。これらの就労困難者は、相談事業に応じたりする場合にも移動する上での制約があり、必然的に狭域での、大きくても市町村程度の範囲でそのニーズに応えるような仕組みが求められる。また就労先も自ずから、市町村の域内か、近隣市町村