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「未知なる家族を支えて」ーー広がる市町村の仕事

      澤井 勝 (奈良女子大学名誉教授)
      公職研『地方自治職員研修』05年7月号所収原稿。

 介護保険と分権化   家族の変容と児童虐待防止法   ニートとその家族への支援
 
 強化される市町村の権限

 

介護保険と分権化

 まず最初に確認しておきたいことは、20004月の地方分権一括法の施行を前後して、住民や家族を支える行政のあり方が、基本的に転換しつつあると言う点である。

その動きの一つは、分権一括法と同時に施行された市町村を保険者とした高齢者の介護をめぐる制度改革である。この「介護の社会化」といわれる改革は、日本の社会の深部をかなりの力で変えつつあるように観測される。その変化は、要介護認定を受ける人の割合が、この4年ほどで高齢者人口の11%から16%程度に拡大しているところにもあらわれている。またホームヘルプサービスが順調に拡大しているように、外からのサービスを家庭に受け入れることに対する抵抗感がなくなりつつある。福祉は特定の社会的弱者に対する恩恵的な行政処分から、住民の権利としてのサービス利用へと変わりつつある。この介護保険制度は、同時に「福祉の地方分権」のひとつの到達点である。

 この分野では、20005月に社会福祉事業法を改正した「社会福祉法」において、「地域福祉計画」の策定が市町村の努力義務規定とされたことも大きい。この「地域福祉計画」で、住民が初めて地域福祉の担い手として位置づけられた。これは、分権化の行く先に、「住民自治」の強化と地域社会の再生を展望するものと考えることができる。

 なお、この流れには、20052月に国会に上程された「障害者自立支援法」があり、障害の程度の認定など、引き続き市町村の大きな役割が期待されている。また、介護保険法の5年たっての見直しによって、グループホームの設置認可権の付与や、介護予防事業を担う「地域包括支援センター」の設置のように市町村の権限は、拡大することが予想されている。

 

家族の変容と虐待防止法

 もうひとつは、「児童虐待の防止等に関する法律」、通称「児童虐待防止法」と「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」、通称「DV=ドメスティック・バイオレンス法」の制定である。

「児童虐待防止法」は1999年に衆議院に設置された「青少年問題に関する特別委員会」で検討され、翌年に議員立法として法案化されて2000517日の参議院本会議で全会一致で可決・成立した。施行は同年1120日である。

 「DV法」は、20014月に参議院の「共生社会に関する調査会」が提出した議員立法で、同年11月に施行されている。これらは都道府県の児童相談所の機能強化や、同じく都道府県の婦人相談所を「配偶者暴力相談支援センター」として、一時保護を含む機能強化を図ることを当面の措置としたものであった。

 とはいえ、従来は民事事件として放置されてきたこれらの「親密な関係」における暴力の行使を、公的な規制の下に置くかたちで虐待されている児童や女性を具体的に保護し、自立を支援する方向に踏み出した意義は大きい。それは崩壊する「家族」に対する、「公的な規制」の本格的な開始と言うことも出来る。

 その基礎にあるのが、日本社会の「階層化の進行」であり、「所得格差の拡大」である。厚生労働省の2002年の所得を対象とした「所得分配調査」によると、ジニ係数(この係数が1に近いほど格差が大きい)は0.4983と前回の99年調査より0.0263大きくなった。その前の調査である96年調査では、ジニ係数は0.44120.0308大きくなっている。その前の93年から96年の変化は0.0018、とゆるやかであった。すなわちこのようなジニ係数の上昇傾向は、1984年の0.34程度から7回連続して見られ、20年前から徐々に進行しているものだが、バブル経済の崩壊後のこの6年間に加速しているともいえる。最近のこの格差拡大の背景要因としては、単身世帯の増加や成果主義の賃金制度の導入、10%前後という若年層の失業率の高止まり、フリーターの増加などが考えられる。

 ちなみに、税や社会保険などの支払いや受給を調整した後の「所得再分配後の所得格差」の国際比較を「ルクセンブルグ所得研究」に依拠して見ると、最も所得格差が大きいのはアメリカの0.3682000年)、次いでイギリスの0.3451999年)、そして日本の0.3222001年)、フランスの0.2831994年)、ドイツの0.2522000年)、スウェーデンの0.2522000年)となっている。

 

ニートとその家族への支援

 最近になって注目を浴びている「ニート」(Not in Employment, Education or Training)について、次のような分析があることにも注目しておかなければならない(以下は玄田有史東大助教授「ニート、学歴・収入と関連」日経、経済教室、05413日による)。総務省統計局の「就業構造基本調査」の分析によると、2002年時点で、@高校・大学や専修学校などのいずれにも通学しておらず、A配偶者のいない独身者で、Bふだん収入を伴う仕事をしていない15歳から34歳までの「無業者」は全国で2132千人に達した。これは同じ厚労省が推計した2002年のフリーター人口の209万人に匹敵する。この「無業者」は、バブル経済崩壊直後の92年には1307千人だったから、この10年で80万人以上増加したことになる。

 このうち、1285千人は就業を希望し、就職活動をしている。この「求職型無業者」の数は、ほぼ完全失業者の数と一致する。一方で、就業希望を表明しながら求職活動をしない「非求職型無業者」が426千人いる。さらに就業希望さえ表明していない「非希望型無業者」が421千人もいることがわかった。この後二者を併せた847千人が、ニートと定義される。

 このうち非希望型ニートは、中学卒と高校卒が8割以上である。つまり、就職への希望を失っているニートの圧倒的多数は、高等教育の場からも排除されている。

 また、ニートを抱える世帯の経済状況も厳しい。一部では、裕福な親が子どもを甘やかした結果だという批判が聞かれるが、(そういう事情もないことはないが)事実は逆である。非希望型のニートが居る世帯の年収は、300万円未満の割合が4割近くになる。また無業者の居る世帯は、15歳から34歳の若者が属する世帯全体より、300万円未満の割合が一貫して高く、3割以上となっている。なお、年収300万未満の世帯数の割合はこの間に大きくなっているが、その増大の傾向を抜いて、ニートの属する世帯の低所得が際だっている。

 ニートという言葉の発祥地であるイギリスでは、「若年無業者を生み出す背景には、若者本人の意識や気力と言った問題以前に、家庭や社会にこそ原因がある。その結果、恵まれない社会階層の若者ほどニートになるという認識があった。」(玄田、日経同)日本においても、イギリスと同様に学歴や収入が強く影響していることが示唆されているから、単なる就労政策を超えた教育やカウンセリングを通した、なかまづくりや、居場所づくりなどの総合的施策が地方自治体に求められている。

 

強化される市町村の権限

 つまり、21世紀に入るのを前後して、広い公的な支援によってようやくその安定を得ることができるような家族が、社会的な階層化に伴って増加しているのである。これは、冒頭に確認した地方自治体の責務の新しい展開である。この系列では、さらに次のような流れがある。

 「改正児童福祉法」が200411月に成立し、20054月から施行された。この改正は、児童虐待防止法の改正と関連して、虐待の相談や通報の第一線の機関として、市町村を位置づけている。それまでは都道府県の児童相談所が第一線であったが、より身近なところに相談と保護の施設を置くという意味から改正が行われたものだ。このために、市町村は県の児童相談所や保健所、警察、教育委員会、小中学校などと「虐待防止ネットワーク」を設けることとされている。

 「次世代育成対策推進法」が20037月に施行された。これによって市町村は、地域における子育ての支援、母性ならびに乳児、幼児の健康の確保、教育環境の整備、良質な住宅および住環境の確保、職業生活と家庭生活を両立させる施策、などを盛り込んだ「市町村行動計画」をつくり実践することが求められている。

 200412月施行された「改正DV法」では、地方自治体の責務が規定され、「被害者の自立を支援することを含め、その適切な保護を図る責務を有する」とされた。合わせて、配偶者暴力相談支援センターの機能を市町村も果たすことが出来るようになった。

 さらに「発達障害者支援法」が054月から施行され、LDなど発達障害者の自立を支援する仕事も市町村の仕事となった。

 そして、身体障害者と精神障害者、知的障害者の各福祉施策を統合した「障害者自立支援法」が426日に衆議院で趣旨説明が行われている。これによれば、市町村は障害区分の認定と障害者への自立支援給付の決定をする、市町村審査会を設置することとされている。ここでも、障害者の自立支援施策における市町村の責務は、拡大している。

 これらの施策を支援する仕組みとしては、20043月施行の「改正職業安定法」によって、ハローワークが行っている、無料職業紹介事業が市町村にも可能となっていることや、1998年の「特定非営利活動法人法」施行によるNPO法人の急速な成長などがある。

 問題は、市町村がこのような家族の変化に対応できていないことである。すなわち、児童福祉や地域福祉の領域で見られるように、従来の組織による事務分掌にあてはまらない仕事にとりあえず対応するために、兼務でこなすという状況になっているところが多い。この結果として、しわ寄せは「当事者」にいくことは間違いなく、それがまた行政や政治への不信を深める。板挟みになるのは第一線の現場である。

 必要なのは、これまでの事務事業評価や政策評価作業に加えて、将来に向けた新しい公的サービスへの積極的な展開をはかるための事業システムの「再構築」である。財政制約を考えると、現在の事務事業のうち、例えば4割を入れ替えるような「構造転換」が必要であると考えられる。それは当該の民生部門などの再構成を超えた、総務部門や土木、産業経済部門など全ての部門を包含する「事務事業の再構築」でなければならない。それは育児支援、教育、福祉、環境、地域活性化、市民のエンパワーメントなどの施策を重点的に強化するような「再構築」になるにちがいない。

 

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