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社会的セイフティーネットの基本課題  
(大阪市政調査会『市政研究』092月原稿に若干加筆)
              奈良女子大学名誉教授 澤井勝

                   

目次 はじめに 深まる経済危機と新しいセイフティーネット構築のチャンス 派遣切りから本体のリストラへ 格差社会日本 日本的デュアル・システムの本格的拡充と自治体の無料職業紹介事業の展開 同一価値労働同一賃金原則の確立・介護労働者の確保に向けて 社会保険のセイフティーネットを広げる・厚生年金加入、医療保険適用、雇用保険の拡充 高齢者施策としての「最低保障年金」の導入 税制改革の方向(所得税・住民税、消費税、金融資産課税、給付金付き税額控除) 入りやすく出やすい生活保護へ・生活保護就労支援員2万人と地域就労支援人2万人 地域コミュニティの再生・地域自治区制度の改正とその設置義務化 自治区を基礎に「地域福祉計画」と推進の義務化・「福祉でまちづくり」の推進 コミュニティソーシャルワーカー(CSW)の設置・中学校区に二人で4万人が必要 NPO法人を20万人に・寄付金優遇税制の抜本的拡充とNPO支援 林業労働者の10万人雇用・緑のダム建設と環境保全、産業としての林業 貧困の連鎖を止める教育改革、最低賃金の引き上げと罰則の強化、労働者派遣法改正、消費者行政の拡充 現在の経済危機の性格、二つのデフレの併存と円高



はじめに 深まる経済危機と新しいセイフティーネット構築のチャンス

 

  20081222日、トヨタ自動車は093月期の決算見通しを、以前の見通しを大幅に下方に修正して、1200億円の営業赤字になると発表した。これまで日本経済のリーディング産業であった自動車産業は、アメリカのビッグスリーばかりか日欧の全企業がこれまでにない減産に追い込まれるなかで、どこまでその業績が下がるのか底が見えない。特に200810月以降に急激に悪化している。日本経済全体としては輸出産業を中心に、よくない在庫の積み上げもあり、生産の縮小が続く。

1226日公表の0811月の鉱工業生産指数は、前月比▲8.1%と2ヶ月連続で大幅に低下(前年同月比では▲16.2%)し、指数としては94.02005年=100)にまで低下している。低下に寄与したのは特に普通乗用車、トラックなど輸送機械、一般機械、電子部品・デバイス等である。そして09130日発表の0812月の鉱工業生産指数は、84.605年=100)と前月より9.6%下がり、過去最大の下げ幅となった。

株価は12月には8000円台半ばまで回復し、一時7000円台を割った水準を訂正しているように見えるが、なお先行きは見えない。その中でも089月期中間決算で過去最高益1284億円となったパナソニックや、日立製作所やJFEスチールのように経常収益を大きく増額修正している企業もあり、なおまだら模様であった。

しかし年が改まると。様相はがらっと変わる。09130日、日立製作所は093月期で最終損益が7千億円の赤字となると下方修正、21日にはパナソニックも連結純損益見通しを再修正、093月期は3500億円の赤字となると発表した。

 

派遣切りから本体のリストラへ

 これにともなって、失業問題が急速に大きくなっている。注目されるようになったのは、いすゞ自動車の派遣労働者の雇い止めであり、大分キャノンの派遣労働者の契約解除である。それがトヨタ、日産、ホンダ、さらにソニー、三菱自動車などの派遣や請け負い労働者、期間工の大幅な削減に広がった。この大企業製造業における労働者の切捨ての動きは、915日のリーマン・ブラザースの破綻ショックから急激に広がり、規模を拡大している。

 厚生労働省は130日、0810月から093月の間に職を失う非正規社員が、全国で124802人に上ると発表した。08年末調査の1.5倍である。また09年春卒業予定の大学生と高校生のうち、就職内定を取り消されたのは1215人となり、08年末調査より6割増えた。

 同じく厚生労働省が130日に発表した0812月の全国の完全失業率は4.4%で、前月より0.5ポイント上昇し、悪化幅は過去最悪となった。完全失業者数は前年同月より39万人多い270万人で、うち会社都合が25万人増の77万人。自己都合が5万人増の98万人だったとされる。

 この動きから089月段階の完全失業率4.0%が、これから半年で5%に悪化する可能性は極めて高い。20089月の完全失業者数は271万人だったが、これが338万人に増える計算になる。67万人程度の増加である。特に20093月には、派遣労働者の3年間の派遣契約期間が切れるところが多いと予想されるから、この数字はかなりリアルなものである。さらに、130日、NECは093月期決算で2900億円の純損益赤字となる見込みと発表、09年度末までにグループ全体で正社員で1万人弱、非正社員で1万人強の減らす方針を公表した。非正規から正規へリストラの波が拡大している。

 パナソニックも24日、今後2年間で国内外で15千人の人員削減(正社員も含む)を発表した。

 これらの解雇の動きに対して、大分キャノンが立地する大分県の杵築市や大分県が臨時職員の採用に踏み切り、京田辺市などが正規職員の前倒し採用を表明するなどの動きがある。緊急事態への対応としては評価したい。この動きは広く自治体に広がっている。また政府も遅まきながら第二次補正予算や09年度予算に雇用対策を盛り込んでいる。

 しかし、この「100年に一度の経済危機」は、「新しいセイフティーネット」を構築しようとするわれわれにとっては、大きなチャンスである。そうとらえたい。施策が動き予算が動くからである。ただし、この追い風を利用してつくるべきものは、単なる応急対策であってはならない。また応急対策では終わらない性格をもつと考えられる。いま準備すべき施策は、「戦力の逐次投入」によるその場しのぎであってはならないのである。

 そういった観点から、これから構築されるべき新しいセイフティーネットのラフなデッサンを提示しておきたい。ここではいろいろな次元の課題が、また時間的には短期・中長期の課題が錯綜している点はお断りしておきたい。それは次のような「格差社会日本」を変えていくものである。

 

格差社会日本

 まず20087月に発表された2007年の就業構造基本調査では雇用者の35%が非正規労働者であり、前回調査より3%以上増えている。また国税庁調査でも年間の所得が200万円以下の人が1000万人を超えている。

20067月の経済協力開発機構(OECD)対日経済審査報告によると、2000年の生産年齢人口の相対的貧困率は日本が13.5%で、OECD平均8.4%を大きく上回り、貧困率の高さではアメリカについで2位だった。なお、我が国の65歳以上では相対的貧困率は21.1%(OECD平均13.9%)、全年齢では15.3%(同10.3%)だった(2007612日、OECDワーキングペーパー556号)。

さらにOECDは081021日に「格差分析レポート」(Growing Unequal?)を公表した。各国の2000年代半ば(日本は2003年)の可処分所得(所得再分配後)のジニ係数(01の間の指標で、1に近いほど不平等度が高く、ゼロに近いほど平等)を比較している。日本は0.31でOECD平均値0.28をやや上回った(格差がやや大きい)。最小はデンマークの0.23、最大はメキシコの0.4790年代半ばからの10年で見ると、日本は0.003ポイントとわずかながら下がっている。景気の低迷が長期化して幅広い階層で所得水準が下がったためか。米や独、カナダは上昇し、これらの国では所得格差が拡大している。

この格差分析レポートでは、日本の相対的貧困率(所得が全階層の中央値の半分以下の所得者の割合)は14.9%でOECD30カ国中4位と、格差が大きいトップグループを形成している。2000年より貧困率は1.4%も上昇している。

なおこのレポートは次のようにも指摘している。一世帯あたりの所得は過去10年で減少した。低所得層にとっては1990年代後半が最も困難な時期であったが、高所得層は2000年代前半に所得の減少を経験した。日本の下位10%の国民の平均所得は6,000米ドル(購買力平価)であり、OECD平均の7,000米ドルを下回る。上位10%の国民の平均所得は60000米ドルでOECD平均の54000米ドルよりはるかに高い。」

また大澤真理子東大教授は次のように言っている(08103日、朝日)。「90年代に高所得者を中心に減税し、所得の再分配機能が落ちた。一人暮らし世帯の01年の貧困化率(相対的貧困化率=年収が全国民の所得の中央値の半分以下の人の率。02年の場合、中央値は476万円でその半分は238万円)は男性22%に対して、女性は42%。女性の非正規化と再配分機能の低下で、働くシングルマザーの貧困率は58%と高い。女性の貧困解決が日本の貧困解決のカギだ。」

 

日本的デュアル・システムの本格的拡充と

       自治体の無料職業紹介事業の展開

 

 準備すべき施策は、雇用対策として労働者のキャリアアップにつながる職業訓練と就労を結びつけた制度の大幅な導入である。求職者が職業訓練をうけつつ、一方で企業(主たる受け手は中小企業)で働くことによって賃金を受けると言うデュアル・システムを現行の域を超えて広く導入する必要がある。現在は、日本版デュアル・システムとしては、文部科学省がモデル事業として、主に専門高校(専門教育を主とする学科などを置く高等学校等。農業高校や工業高校等)で行っているものと、厚生労働省が独立行政法人・雇用能力開発機構を通じて行っているものとがある(この項はウィキペディアなどから)。後者は、さらに職業能力開発大学校等の専門課程(2年間。有料。2008年度は6校)によるもの、職業能力開発促進センター(6ヶ月。無料)によるもの、民間の専修学校等が委託訓練として行うもの(標準4ヶ月。無料)とがある。まだモデル事業の域を出ていないものである。これを大規模に展開することが必要である。

臨時の職を用意するにしても、それが次の職に移るステップとなるよう、このような職業訓練と組みあわせることが必要だ。

また、各都道府県、各市町村に対してはハローワークと連携して「無料職業紹介事業」を行うよう求める。閉じこもりの若者などや、生活保護以下の生活水準で暮らす母子家庭、身体障害者、知的障害者、精神障害者に対するきめこまかな就労支援を、かれらの力に応じて行うことは市町村でこそ行うことができる。そのための正規職員である専門要員を783都市(20091月現在)で5人から10人程度(全国で6千人程度)は確保できるように人事配置と研修システムを構築する。このことを通じて、自治体に雇用政策や求人情報や求職情報の集積を行い、データベース化とハローワークなどとのネットワーク化を進める。特に労働相談や求職者へのキャリアカウンセリング能力を高め、地場の企業に対する求人開拓のノウハウを蓄積する。担当職員のコミュニケーション能力を高め、広く生活全般の相談に乗れるような人材を育てる。すなわち、ソーシャルワーカーとしての機能を高める。最初は民間の専門機関を活用することは必要だが、その民間のノウハウを行政職員が吸収し、自治体としての能力に転化し、民間企業やNPOとの連携力をつけることが重要である。

 

同一労働同一賃金原則の確立

    介護労働者の確保に向けて

 

 これからの社会的セイフティーネットを準備する施策の一つは、同一価値労働同一賃金の原則を新分野の雇用現場に導入すること、である。その突破口は「介護労働」である。2009年度には介護保険の事業者報酬を3.0%引きあげ、介護労働者の給与を2万円引き上げることを目指すことが決まった。これにともない来年度の第一号被保険者の介護保険料は全国平均で1人当たり月150円から200円程度の引き上げになる見通しとなった(日経新聞112日)。介護保険制度が始まって8年たち、三回目の介護報酬改定では、介護従事者の待遇改善のため、事業者報酬を3%引き上げる。これまでの改定で初めて引き上げに転じた。これまで03年に2.3%、06年に2.4%のいずれもマイナス改定だった。これにともなう保険料引き上げに対しては、国費1200億円を充てる方針。保険料の半分を国が持つと言う構想だ。

これは2010年度以降も前倒しで引き続き同率程度引き上げることが必要である。これで介護労働者の平均賃金を現行より4万円程度引き上げ、全産業平均賃金になるべく早く近づける。介護保険の事業者は、現在、民間企業が45%、社会福祉法人が19%、医療法人12%、社会福祉協議会が8%である(介護労働安全センター『平成19年度介護労働実態調査』)。ほとんどが民間の介護事業者で担われている。これを基礎に、施設で働く労働者も在宅サービス従事者も同じ時間賃金を得られるようにする。できれば職種別賃金制度を確立することが必要である。

介護労働者数は2006年で約117万人で、介護保険発足時である2000年の約55万人の約2倍となっている(『介護労働者の確保・定着に関する研究会(中間とりまとめ)』平成207月)。そのうち居宅サービス事業所の労働者数は2000年の31万人が2006年には85万人とほぼ3倍になっている。一方、介護保険施設の従事者数は2000年で24万人だったが、2006年には32万人と1.33倍である。この介護労働者数は2014年には140万人から160万人に増加すると見込まれている。

これでも現場の慢性的な人手不足が厳しくなっているのが実情である。ここでも臨時職員の割合が増加している。「同中間とりまとめ」でも、「その大きな特徴として、非正社員の占める割合が増加傾向にあり、介護労働者全体では約5割、訪問介護員については約8割を占めている」と指摘されている。

特にこの訪問介護員である「登録へルパー」の資質を引き上げる研修を充実させ、研修を受けてスキルアップした登録ヘルパーの時給を大幅に引き上げる、などの施策が求められる。このヘルパー研修は、都道府県が行うのが妥当だろう。

この財源は、基本的には第一号と第二号被保険者の介護保険料、および国と府県、市町村の一般財源の負担増で生み出すことになる。第一号被保険者の保険料は、先の試算である一人当たり国庫補助金を入れて150円から200円引き上げとすると、介護労働者の給与を4万円引き上げるには300円から400円の引き上げとなる。保険料の段階を10段階から12段階程度(現在は概ね7段階)にして累進性を強め、所得の多い第一号被保険者により多く負担してもらうことも必要である。国庫負担金は1200億円を2400億円程度に投入額を引き上げることになるが、この額をさらに引き上げることも検討されてよい。

給与水準の引き上げで、不足している介護労働者が確保でき、現場の人手不足を緩和できれば介護の質も上がることが期待できるから、結局、安心した生活を確保できることになり、保険料引き上げはペイすることになろう。また、志のある人員の確保でADL(日常生活動作能力)の自立度を高めることをケアの中心に置くことが可能になる。このように余裕のある人員の確保が介護スタッフのケア能力とコミュニケーション能力を高め、要介護度を下げることも可能になる。施設で言えばオムツをはずし、食事を自分で採ることを可能にする。「ユニットケア」に普通に取り込めるであろう。認知症高齢者と十分に関係をつくることが出来、いわゆる問題行動を解消し、笑顔で生活できる環境を用意できる。

このことで介護保険財政を改善することができる。そのためには、要介護度が改善した人一人当たりの介護報酬を3ヶ月から6ヶ月の間加算するなど、経営的インセンティブを付与すること、すなわち要介護度を改善すれば収入が増えるという仕組みを導入することが重要である。(介護保険財政の外の財源を考えても良い)

また介護予防事業への新しい人員配置と、後に見る地域福祉計画推進による住民の介護力の向上で地域の高齢者のADL自立を高め、「元気高齢者」が多数となる地域社会とする。同時にノーマライゼーションの考え方と行動を地域で共有することで、障害があっても、認知症であっても受け入れ、暮らしができる状況をつくる。

そのためには、住宅改修を進めることが絶対に必要で、これの費用は地方交付税に適切に算入する。高齢者のいる世帯数と障害者世帯数とを基礎に、その10%に毎年度改修工事をするものとして、基準財政需要額に算入する。東京都の23区では、江戸川区の先進的な取り組みを継承して世帯当たり100万円程度の補助を実現している。

さらに地域包括支援センターや障害者地域支援センターの機能を、高齢者や障害者の日常生活全体を、ホリスティックに支える機関に変えていくことも求められる。ここでも社会福祉士、保健師、主任ケアマネージャーなどのスキルの向上とネットワーク力を高める研修システムが必要であり、要員も現在の2倍程度は確保する。

 

社会保険のセイフティーネットを広げる

    厚生年金加入、医療保険適用、雇用保険の拡充

 

 また第三には、一定期間継続して雇用される見込みのあるパートや派遣、期間工、臨時職員など非正規労働者にも「厚生年金」加入を義務付けることが必要である。現在は「正社員の勤務時間の4分の3以上勤務している場合は厚生年金加入の義務がある。正社員の週所定労働時間が40時間であれば、「30時間以上」勤務で年金加入の義務があることになる。その30時間以上の対象を「20時間以上」とし、「一定期間継続して雇用される」要件を「3ヶ月以上」、「月収6万円以上」などとすること。

同時に「医療保険」についても同じ継続雇用期間と勤務時間の条件(3ヶ月以上継続雇用され、週20時間以上勤務)で協会健保(9月までは政管健保)や組合健保、それに公務員であれば共済などへの加入を義務付ける(法律の改正が必要)。このことによって、正規労働者と非正規労働者の垣根を低くする。この場合、従業員数が一定規模以下の企業の企業主負担に奨励的補助をつけてもいいだろう。このことは、主婦の年収130万円の壁に穴を開けることになり、第3号被保険者という制度に対するチャレンジともなる。

同じく、「雇用保険」の失業給付(基本給付という)について、倒産や解雇等によって離職した場合、離職前1年間に6ヶ月以上雇用保険に加入していれば受給資格を得るとする改正が行われ、0710月以降の離職者に適用されている。これを改正して、「離職前1年間」の制限を「6ヶ月」としたり、受給資格を得る加入期間を「2ヶ月以上」にすることと、給付期間の延長、それに職業訓練給付(起業塾なども含む)を1年間付与するなどの制度改正が必要である。

ドイツが2005年に始めた働く世代(1565歳)向けの就労支援策が、失業して起業を目指す中高年、正社員に復帰したいシングルマザーなど様々な人に活用されている(朝日08410日、清川卓史)。「求職者の基礎保障」制度がそれで、失業給付Uでは基準額は347ユーロ(約55千円)。住宅費や暖房費は別に出る。RUNという起業支援プログラムなどに無料で参加できる。ビジネス研修は半年でパソコン技術やビジネス英語、面接手法を学ぶ。最後の2ヶ月は企業での実地研修もある、など。受給者は500万人を超え、4分の1は仕事はあるが低収入の人だ。「休職者の基礎保障」の総費用は約400億ユーロ(64千億円)程度である。

雇用保険については、さらに自己都合退職を理由に、基本給付の給付期間を短縮したり、給付まで3ヵ月後(自己都合だと7日後)と格差をつけたり、さらに加入期間を1年に延ばしたりするような差異を廃止する。自己都合と会社都合の差を原則として設けない。会社を辞める自由を制限するような仕組みは、社会保険制度としては認められないからである。

 

高齢者施策として「最低保障年金」の導入

 

ドイツやフランスでは最低限の老後生活を、年金で保障している(朝日08111日、太田啓之、以下はその要約である。)ドイツの公的年金で暮らすインゲ・シュペアさんは月額746ユーロ(91800円程度)で、家賃や電気代を除くと食事に使えるのは230ユーロしかない。外出も出来ない。ドイツには「高齢者の基礎保障」があるが日本の生活保護と同じでミーンズテストがあり財産を処分したうえ貯金を取り崩したあとでないと受給できない。65歳以上の2.3%、60万人以上が受給している。ドイツでも、日本と同じように90年代末から「ミニジョブ」と呼ばれる非正規・低賃金労働が拡大している。解雇条件の緩和や派遣労働の拡大、失業保険の給付制限が進み、低賃金労働者が増加しているのである。こうした人々が将来、基礎保障に頼らざるを得ないと懸念される。そこで「年金にも最低保障を」という声が出てきたのである。

フランスでは04年に65歳以上を対象とする「高齢者連帯手当」というかたちで従来の制度を一本にまとめた。月額625ユーロ(7万7千円ほど)で、年金受給者の5%相当の70万人が受けている。財源は所得税の一種の「一般化社会拠出金」で支え合いの理念による。不動産や貯蓄という資産があっても受けられる、という。

日本の場合、国民年金の納付率は07年度で63.9%。保険料を2年以上払っていない人が308万人にのぼる(朝日、同など)。この無年金者および低年金者対策として現在厚労省の審議会で3案が検討されている。1、加入期間にかかわらず一定額を給付する最低保障年金、2、低所得者に限定した上乗せ支給、3、低所得者の保険料の一部を国が税金で肩代わりする。民主党案は最低保障年金7万円程度。ある程度のただ乗りやモラルハザードの可能性があることを承知しながらもメリットのほうが大きいとしているようだ。

財源としては、仮に年収200万円以下の65歳以上世帯に、基礎年金の支給額(現行制度では納付期間480ヶ月で月額66千円)を25%以上上乗せすると、消費税0.4%分、約1.1兆円が必要となる勘定だという。

 なお、ニュージーランドのOld Age Pension(国民老齢年金)は、全国民を対象にした保険料負担のない全額税方式による老齢年金である。オーストラリア、カナダもそうだが、ニュージーランドやオーストラリアには2階建て部分がない。

 政府の社会保障国民会議(座長・吉川洋東京大学大学院教授)は2008519日、基礎年金を全て税で賄った場合、消費税を25年度に9.5%〜18%に引き上げる必要があるとの試算を公表した。試算の4パターンは現行の月額66千円を前提に、1、加入履歴にかかわらず満額支給。2、未納期間に応じて減額支給。3、加入履歴に応じて33千円を増額。加入履歴に応じて66千円を増額。家計への影響では、保険料減と消費税増で35歳〜44歳で2千円程度の負担増。一方高齢世帯では8千円程度の負担増となる。企業は3兆円の負担がなくなるが、これについては今後議論する、としている。

 さらに厚生労働省は72日、社会保障審議会年金部会を開き、年金制度見直しの論点整理を行った。1、国民年金の徴収時効を5年に延長、2、基礎年金の受給資格期間を10年に短縮、3、低年金者・低所得者の年金額への加算、4、国民年金保険料の免除制度の拡充、5、育児期間中の保険料免除の拡大、6、非正規労働者への厚生年金の適用拡大、7、成人年齢見直しと国民年金の適用年齢の関係、8、高齢者雇用の促進と在宅老齢年金の見直し、8つである。

このうち、とくに2の「基礎年金の受給資格期間を10年に」と、3の低年金者・低所得者への加算、6、非正規労働者への厚生年金の適用拡大、などの議論をここで言う「最低保障年金」につなげていくべきだ。

 

税制改革の方向

 所得税・住民税、消費税、金融資産課税、給付金付き税額控除

 1、所得税の所得再分配機能の回復、累進性の強化

 最も大きな課題は、税制改革である。まず所得税および住民税の累進制の回復を行う。税率の段階は少なくも1989年度のレベルに戻す。国税所得税の最高税率50%、10%から50%の5段階、地方税は最高税率15%として10%、13%、15%の3段階などとし、国税と地方税を合わせた最高税率を65%までに戻すなど。

 

1表 所得税等の税率構造の推移

      所得税の最高税率     住民税の最高税率   合計の最高税率

1974年度 10%から75%の19段階    18%        93%(賦課制限あり)

1984年度 10.5%から70%の15段階    18%        88

1987年度 10.%から60%の12段階    18%        78

1988年度 10%から60%の6段階     16%        66

1989年度 10%から50%の5段階     15%        65

1999年度 10%から37%の4段階     13%        50

2007年度 5%から40%の6段階     10%        50

(財務省資料「所得税の税率構造の推移」20064月、から作成、『市政研究154号』所収に加筆)

これは071月に所得税減税が行われ、6月からは住民税が増税になるという税源移譲に伴い地方税に10%という一定税率が導入されたことによって、市町村間の財政力格差、特に低所得者の多い農村部の小規模町村の税収減が広がったといわれることを踏まえ、それを地方税内で若干の手直しを行うことを意味する。

もともと、日本の地方自治体は「総合行政庁」としての性格がはっきりしている。そこに分権改革と市町村合併によって多くの権限や事務が移譲されて来た。この結果、「総合行政庁」としての性格は、むしろ強くなっている。このような重装備の自治体は、他の国に見られないところである。したがって、スウェーデンのように福祉と教育をもっぱら担うコンミューン、医療を担うランスティングというように権限がはっきり分かれていれば、地方所得税一本と言う単税制度で自治体の財政需要を相当程度カバーできる。しかしわが国の重装備の自治体の場合は仕事が多いために、固定資産税などと住民税その他の税と言う複税方式をとった上でも、多くの自治体でなお、財源が圧倒的に不足するのである。

したがって本格的な財政力格差の調整は地方交付税の格差是正機能を強化することで行う。すなわち、小規模町村は人口が小さいほど行政コストが割高になるため、それを財源的にカバーする段階補正の強化ないし調整を行う。この段階補正は、市町村合併を推進するため2002年度から人口一万人以下を統合するなどして縮減してきたものであるが、これでは「兵糧攻め」である。これを復元し、特に条件不利利域の公立病院・診療所を支えるなど過疎地などの安定した居住条件を財政的に整える。それによって田んぼや畑、草原、雑木林を維持できるようにし、水路を守り、水源を涵養し生物多様性を維持する。緑のダムをつくり、それを住民が維持する。そのことで国土を保全する。そのために地方交付税の傾斜配分を行うこととする。先に見たような住民税の累進性復活によって東京や愛知、大阪など大都市地域のかなりの都市が不交付団体になり、その分交付税原資はより財政力の弱い団体にシフトすることになるから、それを活用する。

 

 2、消費税率の引き上げ

また先の社会保障国民会議の報告(最終報告は081111日)にもあるように、消費税の相当な引き上げが求められるが、その際、その逆累進性を緩和するためにゼロ税率を含む「複数税率」を採用する。たとえば食料品については、現行の5%に据え置くか、軽減税率を適用する。イギリスのように書籍や教材に軽減税率を適用しても良い。

 法人税については、EU諸国との均衡から税率を軽減することも検討材料に上がるだろうが、その際には、社会保険料や環境税、社会保障税などEU諸国の企業が負担している社会的支出相当分や公的医療保険制度のない米国で医療費を重く負担している米国企業の負担分をわが国の企業も負担する必要がある。そのことでイコール・フッティングにするべきである。たとえば、基礎年金を引き上げて全額税方式とする場合、現在企業が負担している年金保険料負担については、それ相当額を「社会保障税」として納税することが必要である。これは前に触れた「最低保障年金」の財源の一部に充当する。

 

 3、金融資産課税の強化

 現在、金融資産課税としては利子所得課税(源泉分離)、配当課税(原則として源泉分離)、株式譲渡益課税(申告分離)があるが、いずれも20%(国税15%、府県税5%)の一定税率が基本である。このうち配当課税と株式譲渡益課税は、2003年から5年間10%(国税7%、府県税3%)の優遇税率とされているが、政府の財政制度等審議会の答申でも来年度から本則に戻すこととされていた。しかし、2008915日のリーマンブラザーズ・ショック以来の金融危機で加速した株価の下落によって、主に個人投資家の投資を引き出すため、引き続き税率を10%のままとすることにされた。09年度のこれらの税額を09年度の地方税収入見通しから試算すると、1、利子割りが地方税7267億円、国税が21801億円。2、配当課税が地方税1117億円、国税が2506億円、3、株式譲渡益課税が地方税214億円、国税499億円である。これを本則に戻すと、地方税で1516億円の増収となる。

 これらは、本来ならいずれも分離課税ではなく、給与所得などとの総合課税としなければならない。これらの金融資産課税は所得の多寡に関係なく一定税率であるため、所得再分配機能をもたされていない。いわば「金持ち優遇税制」なのである。これらの金融資産課税については、総合課税によって所得再分配機能を働かせることが税の公平性の観点からも不可欠である。ただし、そのためには、「納税者番号制度」の導入が必要である。

 

4、「給付金付き税額控除」の導入

 低所得者の所得保障として、イギリスやアメリカなどで広く採用されている「給付金付き税額控除」の導入を考えたい。森信茂樹東京財団研究員の説明をもとに若干の手を入れて紹介すると、「2兆円の財源(今度の政府補正予算の給付金の額)を、収入600万円以下の世帯の、15歳以下の被扶養者1000万人に均等に配分すると、被扶養者1人当たり20万円となる。これを各世帯の被扶養者の人数に応じて配るものとする。二人の被扶養者がいる世帯の受給額は40万円となるが、所得税を払っている場合には減税とする。100万円の所得税を払っている世帯だと40万円が税額控除され、所得税は60万円となる。あるいは既に納税している場合は、40万円の税還付となる。低所得で課税最低限を下回っているように所得税を払っていない場合は、全額40万円が給付となる。税と社会保障をつなぐ、効果的・効率的な制度だ。」

 政策的には4つに分類されると言う。第一は、勤労税額控除である。一定時間就労する中低所得世帯に対して一定額の税額控除を与え、所得が上がるに従って控除額は逓減し、最後にはゼロとなる設計となっている。第二は、児童税額控除。これは子どもの人数に応じて税額控除を行い、母子家庭の貧困対策や子育て支援に役立てる。この二つは、クリントン政府の下で、勤労を通じての自立を促すという「ワークフェア」理念に基づくもので、米英に広く浸透している。

 第3には社会保険料負担軽減税額控除で、オランダや韓国にこのタイプがある。第4には消費税逆進性対策税額候補である。カナダやシンガポールで導入されている。

 ただこのような制度を導入するには、やはり「納税者番号制度」が必要である。納税者番号制度については、サラリーマンは所得補足率が9割といわれるので、本来は抵抗が少ないはずだが政府への信頼がないため拒否反応が強いのが現状である。政府は、厚生労働省の年金番号と総務省の住民基本台帳番号を統合しようとしている。これらは既に全国民(性格に言えば定住外国人が含まれるのかどうか)に付番されている。しかし、統合の段階で、「国民総背番号制度」という国民管理システムに転換しようとしているところに問題がある。納税と社会保険料納付と給付に一本化し、他の用途への用途には使わないよう、個人情報保護の観点から厳しい禁止規定を入れるなどしないと国民的納得は得られないにちがいない。

 

入りやすく出やすい生活保護へ

   生活保護就労支援員2万人と地域就労支援員2万人

 

 さらに、これから大失業時代を迎えて、急激に生活保護が増えると考えられる。その生活保護を入りやすく出やすい制度に改める。ミーンズテストは簡略化する。たとえば、「短期の一時支援」制度を設け、「住民税の非課税証明書」と「受け取り郵便物等による住所地の確認」および「預貯金通帳の確認」等で、次の仕事が見つかるまで、または職業訓練が終了して就労が出来るまで、短期給付や低金利融資を行う。この「短期」とは、人によって異なろうが、3ヶ月又は6ヶ月から1年間程度(職業訓練との関係で)が考えられよう。なお、ケースワーカーの人員については、担当ケースが高齢者を含めて60ケースまでになるよう増員する。その人件費については地方交付税に算入する。

この短期給付は、就労支援事業とセットで考えるべきである。すなわち「出やすい制度」のために最も必要な仕組みである。そのために生保の就労支援員を受給者30人に一人程度に増員する。生活保護受給世帯のうち高齢者世帯45%を除く60万世帯にあてはめると、2万人の支援員が必要となる。この支援員は生活保護受給者である障害者や母子の就労支援員として活動することとなる。就労した後も定期的に訪問したり職場に同行して相談に乗るなどアフターケアを充実させる。人件費は交付税算定によるが、立ち上がりの時期には国が基幹的支援員について国庫負担を行っても良い。この就労支援員には、カウンセラーとしての研修を本格的に行う。また就労を支援者の意思に反して強制すること、またその身体的、精神的条件を無視した就労の強制は禁止する。

なおこれに合わせて、非生活保護受給者である貧困層である、中高年齢層やニートや引きこもり若年層、それにヤングジョブの対象であるフリーター、母子家庭、障害者世帯などに対する就労支援員を各市町村に配置する。おおむね中学校区二人程度とすると、08年度で11000校であるので、必要人員は2万人程度となる。この財源は一人当たり人件費を雇用主負担も含めて1千万円とすると2000億円で、半額は国庫負担としてもよい。雇用政策の中心となるからである。 

また、特に大阪市のように高度成長期、万国博の時期、バブル崩壊後の不況期、阪神大震災のあとなどに、他府県から釜ヶ先に流入した作業員がそのまま地域住民として高齢化し、その多くが生活保護に移行するなど高齢で単身の男性の保護率が地域的に高い都市については、特別交付税で毎年補填する。それは地域的特性から恒常的に保護率が高くなるからである。函館市なども道南の低所得者が流入し、保護を受けるようになるという都市特性をもっている。このように地域特性から生じる財政需要を特別交付税でいわば恒常的に補填するものとしては、鹿児島県のシラス(火山灰)台地の財政需要などがある。

 

地域コミュニティの再生

  地域自治区制度の改正とその設置義務化

 

そして、家族の紐帯がますます薄くなり、高齢者や児童への虐待、ドメスティック・バイオレンスが増える中で、地域自治組織を改めて創出して新しいコミュニティをつくることが求められる。生活保護受給者や障害者世帯も地域で孤立している場合が多いが、これを社会的に包摂する(インテグレート)地域社会、近隣社会を再構築することが必要である。そのことで、孤立死や災害時の被害の抑制などが図られ、地域がなにより「安心・安全」な生活を支えるものへと変わらなければならない。

そのような地域自治組織を再構成するのに有効な制度、仕組みとして地方自治法第202条の4に定められている「地域自治区」を、大幅に改正して自治体内分権をより大胆に推進する仕組みとする。特に同法202条の5に定められている「地域協議会」の組織と権限を改める。地域協議会の委員の選任は条例の定めるところにより公選も可とする。

202条の7「地域協議会の権限」では、市町村長の諮問に応ずるだけではなく、協議会が自ら発議した事項について、市町村長およびその他の機関に意見を申し出ることができ、それに対して、市町村長は誠実に応答する義務を負うこととする。また、意見の申し出としては、その地域自治区にかかわる予算について、予算編成段階から情報を得て審議し、議会との調整を図りつつ、意見を述べることができるものとする。それとともに、地域振興費(仮)など一定の予算枠については、その予算要求と執行に責任を持つことができるよう定める。

また地域審議会の審議は公開とし、審議会として住民の公聴会を開き、住民への説明会を開くことも可とする。その際、「地域自治区」の事務局は適切な助言と資料の整備、提供を行うよう定めることも必要である。

このように改めた「地域自治区」について、一定の人口規模または一定の面積規模の自治体には、これを必ず設置することとする(たとえば10万人以上など)。

なお、各地で策定が進められている「市民自治基本条例」などの中に、「住民自治協議会」を設けることを定めたものがある。そのような「住民自治協議会」を既に設けている三重県伊賀市(市町村合併にともなうもの)や独自のコミュニティ政策から設置している兵庫県宝塚市、さらに現在策定中の奈良県生駒市などでは、住民自治の基礎をそこに置くとしている。このような「住民自治協議会」や、合併特例法による地域自治区、それに南丹市の「地域振興協議会」なども広く「地域自治組織」であるので、これらも「みなし規定」でここに言う「地域自治区」とすることも考えられる。

 

自治区を基礎に「地域福祉計画」策定と推進の義務化

             「福祉でまちづくり」の推進

 

 この地域自治区を基礎に、社会福祉法第107条に定める「地域福祉計画」の策定とその推進を市町村に義務付ける。現在はこの地域福祉計画の策定は、市町村の努力義務であり、そのためもあって策定が終わっているのは予定も含め783市区のうち541市区で67.1%、998町村のうち321町村で31.8%にとどまっている(091)。また策定が終わっている市町村でも、毎年度の推進計画と地区計画ないし地区アクションプランを策定して、推進しているのは多くはないと見込まれる。つまり机上のプランとなっているものも少なくないのではないか。

地域福祉計画の特色は、地域福祉の担い手として初めて住民を規定したところにある。地域福祉とは、「ご近所」の力を合わせて、援助を必要とするお隣さんを支えることであるし、ともに地域での生活を楽しむことであるといっても良い。そのような地区(大字や町内会など)単位での、生活の支え合いを、小学校区の組織やネットワークが支え、さらに市町村が支援する。これが地域福祉の原型でもある。

 その地域での支え合いの政策の基調は、住民とその活動を市町村が援助し、事業者(介護保険事業者、医療関係機関、解放センター、県の保健所、消防署、警察の派出所、企業、スーパーマーケット、運送業者、建設土木事業者、農協や生協など)が協力し負担を分担する、というかたちになる。京都市上京区の春日住民福祉協議会などがその一つの原型となりうる。

また、この地域福祉計画は、既存の行政計画、すなわち高齢者保健福祉計画や障害者基本計画、子育て支援計画、介護保険事業計画などの計画を、地域福祉のレベルから総合化するものだということである。これらの既存計画を、地域福祉政策として展開するための基本的な、総合的な計画である。

従って、具体的な施策としては、老人福祉施設を障害者福祉や子育て支援に活用し、逆に、保育所や幼稚園、統廃合された学校や余裕教室を高齢者福祉や障害者福祉に活用する事業が展開されるべきである。そのような、行政の縦割り割拠主義を越えた、各福祉政策を、あるいは福祉事業を、地域レベルで相互乗り入れを実現し、人々の生活の実態に即した、統合的な地域福祉政策としていくことが「地域福祉計画」の主たる課題であるということもできる。

現在は、前記の「地域自治区」や「地域振興協議会」の議論や活動は、「地域福祉計画」という福祉の領域とは異なるところで行われている。これは行政の縦割りの結果である。本来は「地域」では「地域活性化」の議論と施策化の議論も、地域福祉の議論も共に行われていいはずである。これらの議論を共に「地域審議会」に乗せて、総合的に考えることが、「コミュニティの再生」にとって不可欠な条件である。このようにして再生する「コミュニティ」が、「地域でのセイフティーネット」をかたちづくる。

そういった観点からも大阪市西成区の「地域福祉アクションプラン」の取り組みが注目される。これまでの地域福祉計画には生活保護受給者を地域で支援し、支えるという視点はまずない。それは生活保護行政が国に責任がある行政であり、専門的な職能に係わる分野だ、という点からカッコに入れられてきたからである。まずは住民主体の地域福祉システムを、という観点が先にたったからである(これは正しい)。しかし、今年7月に発表された2007年の就業構造基本調査では雇用者の35%が非正規労働者であり、前回調査より3%以上増えている。この状況が続くとすれば、地域社会で、生活保護受給者もその予備軍も増えていくことが残念ながら予想される。ということは、生活保護受給者の地域社会へのインクルージョン(統合)もまた地域福祉計画の重要な課題となるはずだ。生活保護受給者の多くは高齢者であり、障害者であり、母子家庭である。そして、二重に地域社会から孤立している。高齢や障害、一人親というハンデと、生活保護受給者というハンデと。個人情報を守りながら、彼らの自立生活を地域が支える計画とする必要がある。

大阪市西成区役所の地域福祉アクションプランでは、「生活保護部会」を設置して議論を手さぐりだが進めている(同区のホームページ参照)。西成区では生活保護率が05年で159パーミルと全国の14倍でなお増加しているから、生活保護受給者を抜きにして地域福祉は進まない。そこで自然にアクションプランに組み込んでいるのだが、この議論を生かしていきたい。主に高齢受給者のボランタリーな社会参加を進めることが当面の課題。いずれにしても、民生委員と生活保護のケースワーカーとの協力と支援の仕組みをつくることが当面のところ最大のポイントのようだ。

なお、この地域福祉計画の推進を通じて、衰退しつつある自治会・町内会を再生することを目指す。旧来の行政の下請け機関としての魅力のなさを克服するために、子どもや高齢者なども含む、またその家族や親たちを活動の中心に参加してもらうことで若返りを図り、見守り活動や地域の祭り、それに防災活動などを継続して開いていくような組織に変わるよう支援する必要がある。

 

コミュニティ・ソーシャルワーカー(CSW)の設置

             中学校区に二人とすると全国で2万人が必要

 

 このような地域福祉計画を、障害者、高齢者、子どもを総合してケアする計画として動かすために、地域福祉コーディネーターとしての「コミュニティ・ソーシャルワーカー」の設置が必要である。このCSWは、大阪府で2003年度からモデル事業(単独)として始まり、橋下新知事の下で総合補助金化されたものだが、府内のかなりの都市で定着しつつある。 

この「コミュニティ・ソーシャルワーカー」とは、「地域において支援を必要とする人々の生活圏や人間関係など環境面を重視した援助を行うと共に、地域を基盤とする活動やサービスを発見して、支援を必要とする人に結びつけることや、新たなサービスの開発や公的制度との調整などを行う専門知識を有するもの」とされている。(20029月大阪府社会福祉審議会答申)

2003年度のモデル事業から始まり、2006年度までに大阪市等を含む府内の市町村にこのコミュニティ・ソーシャルワーカー(以下、CSW)が設置されている。概ね中学校区に一人の配置基準である。大阪府の2004年度予算では、CSW配置促進事業として16823万円が計上され、50ヶ所に配置予定とされていた。実施主体は市町村で、定額補助であり、補助基準額は580万円である。各市町村の社会福祉協議会や在宅介護支援センターに配置する。(なお、大阪府地域福祉課のホームページにある、「地域福祉サポーターズ倶楽部」と「コミュニティ・ソーシャルワーカー」を参照されたい。)

CSWの業務内容は、それぞれの市やCSWの能力などによって様々であり、現在も試行錯誤が続いているのだが、概ね次のように三つになってきている。

(1)セーフティーネット体制づくり(関係機関のネットワーク化)であり、要援護者に対する「見守り・発見、相談からサービスへのつなぎ」が機能する体制の整備。

 (ア)福祉事務所、保健センター、福祉センター、子ども家庭センター、保健所など

(イ)小地域ネットワーク活動(小学校区)、民生・児童委員、社会福祉協議会など。

 (ウ)在宅介護支援センター、サービス提供事業者、ケアマネージャー、障害者生活支援センター、福祉作業所、授産施設など。

 (エ)病院、診療所、医師会、歯科医師会、薬剤師会など。

 (オ)地域住民やボランティア団体、当事者団体など。

(2)個別支援

(ア)要援護者、家族、地域の発見機能からの相談、巡回など。

  (イ)実態把握、情報提供、訪問指導など。

  (ウ)訪問指導、サービス情報提供、専門機関へのつなぎ。

  (エ)「CSW検討会議」でサービス調整。

  (オ)申請の付き添いなど、サービス利用支援。

(3)地域福祉活動の育成・支援。市町村社会福祉協議会活動や地域住民活動のコーディネイトや企画。

 

NPO法人を20万に

  寄付金優遇税制の抜本的拡充とNPO支援

 

 これからの自治体(行政と議会)は、その財政制約からも、また市民が本来の主権者として「新しい公共」を担う主体としてその能力を高めるためにも(エンパワーメント)、市民や事業者との「協働」を実現していかねばならない。その「協働」の担い手の一つは町内会・自治会という「地域住民組織」であるが、もう一つの担い手は、ある目的のために自由に集まった市民によるアソシエーション的組織であり、現在はNPO法人である。このNPO法人は、9810月に公布された「特定非営利活動促進法」によって認証が始まり、

200811月末で33406団体となっている(解散の2300余、取り消しの300団体を除く)。

これらNPO法人は、個々に見ればまだ経営的に脆弱であり、組織的にも基盤が弱い団体が多い。しかし、環境や福祉では主な運動体であり、事業体の一つでもある。この組織は、明らかに自治会などとは異なって、活動的市民が集まるという強みをもっている。このようなアソシエーション的組織を大幅に増やすことで、市民的な議論や活動が広がることが期待される。

 そのためには、寄付税制上の優遇措置を拡大し、寄付をする側が寄付をしやすくするとともに、事業税等の特例の拡大を行う。

 さらに、国の各機関、各都道府県および企業の財団の資金的支援措置拡大と安定的な拡大を目指す。合わせて中間支援団体(インターミディアリー)の組織化と活動支援を行う。これらの支援措置の結果、早期にNPO法人を20万にまで増加させる。

ちなみに、イギリスのチャリティ団体(NPOに相当する)は、チャリティ法による登録団体としては2001年末で188116団体である(竹下譲等『イギリスの政治行政システム』310頁以下など)が、ボランタリー団体としては50万以上といわれている。イギリスの人口は2006年の推計で約6千万人であるから、この人口比で言えば、人口13千万人の日本では43万以上の登録チャリティーということになる。

イギリスのチャリティー団体の場合、チャリティ目的の事業であれば収益事業に対しても法人税、所得税は免除される。付加価値税については、チャリティ目的のバザーなどは免除される。地方税では非居住用不動産にかかる税が80%減免される。

寄付についての優遇税制としては、個人の行う寄付では、コヴェナントと称される4年以上継続して寄付を行う場合、事実上の免税効果がある人口の約5%がこの契約を結んでいる。法人の場合は全額損金算入ができる。給与天引き寄付の場合は所得控除ができる。

 

林業労働者の10万人雇用

  緑のダムと環境保全、産業としての林業

 

また、将来にわたる地球環境への貢献に資するような労働力の形成につながるものである必要がある。たとえば、全国の間伐を必要としている森林を10年計画で施業できるよう新しい林業労働者を10万人規模で1年間にわたって教育する。その教育センター費用を行政が賄い、作業道建設や大型機材導入への投資を行う。森林組合など施業経営体を強化するため、低利融資など金融的な支援とともに、作業員の月給制への転換や社会保険加入などを支援する。

NPO法人代表水野雅夫さんは(朝日新聞58)01年にウッズマン・ワークショップ(岐阜県郡上市)を立ち上げ、林業志望者や森林ボランティアに間伐の技術を教えてきた(この項は朝日新聞0858日の要約)。しかし、間伐を大規模に効率的に進めるには、1200400本を切れるプロの担い手が必要だ。65年に26万人いた林業従事者はいま5万人。林業はうまく技術が伝承されないまま老齢化してしまった。山で育っていない都会人に技術を伝承するのは容易ではない。体系的に効率よく教える仕組みが必要だ。

日吉町森林組合参事湯浅勲さん(この項は日経58日の要約)。198735歳で組合に再就職。まずは機械化の推進を行った。ハーベスタ(伐倒・造材機)を導入すれば人力の数十倍の効率性が発揮できる。作業道の整備にもカネはいる。公共事業(日吉ダム)を請け負い、それで機械を買った。作業道の整備も進んだ。94年には現場作業員の給与体系を日給制から完全月給制に切り替えた。「正社員化」でみんなが組合全体の経営改善に取り組む気持ちを持てるようになった。地元だけではなく都会から若者が入ってくる。間伐に本格的に取り組むのは95年。森林の状況を知らない組合員に写真を撮って知らせ、見積額(これが難しい)を提示することや、所有者の森林の団地化も進めた。「森林プラン」と名付けた写真付き見積書を郵送すると最初から契約率は9割を超えた。不在新陳所有者も自分の山を放置していることを気にしていて、「森林プラン」を示すと喜ばれる人が圧倒的に多い。売り手よし、買い手よし、世間よしを実感する。

2004年秋の台風で林道500ヶ所が被災。2万本の倒木被害。行政のつくった作業道基準の道に損壊がひどかった。その後、優れた林道を築いている林業家を訪ねて研究した。良い作業道は自然に逆らわないことということがわかった。ルート選定が見事。現在作業道の整備率は30%だがこれを今後10年で100%にする。一度適切に築けば伐採効率は大幅に上がる。それに間伐した森林の樹木は太くなり、木材価格は高くなる。

昨年の春に訪ねたドイツでは林道整備と機械化が進み、伐採効率は桁違いに高い。森林官(フォレスター)が管轄地域の状況をきめ細かく把握し、必要間伐量を正確につかんでいる。職員給与は日本よりずっと高く優れた人材が多い。

日本では林齢2559年の間伐を必要とする森林は800万ha。間伐は10年に一回必要なので一年に80万ha。ところが実績は25万〜39万haにすぎない。間伐しない森林は荒れて活用できず、倒木や枯死の大量発生で自然環境も破壊される。しかし適切に伐採すれば2割に落ちた木材自給率は20年から30年で7-8割まで復活できる。木材の国際価格は長期的には上昇しているので輸出産業に発展する可能性もある。今のような公共事業や官行造林に寄りかかる森林組合経営を変える必要がある。間伐は製材、合板、製紙など様々な産業の糧と雇用を創出し、美しい自然環境をつくる。今後10年が勝負だ、という。

 

貧困の連鎖を止める教育改革、最低賃金の引き上げと罰則の強化

労働者派遣法改正、消費者行政の拡充

 

なおこのほかに、本特集の各章で触れられている課題があるが、それに加えて、1、貧困の連鎖を食い止めるための教育政策の確立を挙げておかなければならない。

2、さらに、最低賃金が08年にかなり引き上げられたが、引き続き「生活できる賃金」にまで引き上げていくことが絶対に必要である。中央最低賃金審議会の85日にかけての小委員会で、時給687円の全国平均額を15円程度引き上げることで決着した。最低賃金と生活保護との逆転解消を目指す改正最低賃金法によって、来年度も二ケタの引き上げが行われる見通し。昨年の平均の上げ幅は14円だった。現在、12都道府県で生活保護を下回る。

アメリカは2009年に時給846円にする。イギリスは時給1295円、フランスは1342円、オーストラリアが1330円、オランダは月に209千円、カナダが937円、ニュージーランドが911円、ベルギーは月に20万円(いずれも2007年時点)、である(「最低賃金引き上げ関係資料」中央最低賃金審議会資料)。そしてこの最低賃金法に違反する企業の罰則を国際基準にまで引き上げることが

また3、労働者派遣法の改正によって登録型日雇い派遣を禁止し、製造業への派遣も認めないことが求められる。これが今回の「派遣切り」の温床になっているからである。無責任な経営者が安易に雇用の調節弁として、労働者を一方的に街頭に放り出すことは許されないのである。厚生労働省は826日、登録型派遣で1年以上働く労働者について、雇用期間の定めのない「常用型派遣」や正社員への転換を求める方針を決めた(朝日828日)。派遣元企業に努力義務を課す規定を労働者派遣法改正案に盛り込み、秋の臨時国会に提出するとしていた。厚生労働省の統計では、06年度、派遣労働者の7割、約230万人が登録型だ。これをたとえば6ヶ月以上継続雇用している登録型派遣の労働者を、常用型派遣に切り替えることを義務づけるなどの改正が必要である。

さらに、4、として都道府県や都市の消費者相談センターの強化を図り、税務など他の部局と協力して多重債務者を救援し、商品詐欺や悪徳商法から高齢者など消費者を守る。産地偽装や毒物混入など食品の安全を確保するための検査機能の強化や立ち入り検査権の活用などが求められる。

 実際には消費者行政が地方で細っている(日経新聞910日、以下はその要約)。石川県は2010年度に県内3ヶ所(小松、中能登、奥能登)の消費生活相談室を廃止、その後は市や町村に任せる方針だが、七尾市の担当者は男女協働参画まちづくり課の女性が兼務という状況で重い負担となっている。神奈川県では県のセンターを一部を除いて既に廃止している。「住民により身近な市町村に窓口を置く」というが、県消費者団体連絡会の毛内事務局長は「相談内容はより複雑になっている。経験豊富な相談員が多く必要だが県は財政難を理由に予算を削減、住民の声を聞く力は低下した」という。

福岡県古賀市の専門相談員、池山喜美子さん(60)は相談員歴16年、4年前から市役所で週2回、消費者相談を受け、相談日以外も役所から携帯電話に次々に問い合わせが入る。昨年度は220件の多くをあっせん、和解にもちこんだ。しかし、雇用契約は一年ごとで不安定。「熟練した相談員を活用できない自治体が目立つ」という。
 総務省によると都道府県と政令市、その他の消費者行政関連予算は07年度に108億円で95年度の199億円のほぼ半分に減少している。その中で消費者生活相談員は3539人と増加しているが、消費者行政担当職員数は02年度の14千人が08年度は1万人を切るまでに減少している、という。

ところで、福田内閣の置きみやげである消費者庁設置法関連3法案は麻生内閣によって929日に国会に提案されたが、民主党が審議に応じず審議は進んでいない。第二次補正予算では「地方消費者行政活性化基金」に総額180億円を積み込んでいるが、その行方は不透明である。

 

現在の経済危機の性格

     二つのデフレの併存と円高

 

 最後に、世界的な恐慌に進む可能性があるとされる現在の世界的な経済危機の性格について、日本経済に即して現在解る範囲で整理しておきたい。

まず確認しておきたいことは、日本の場合は20世紀末からデフレ状態(後に言う第二のデフレ)が続き、さらに2008年半ばから新しいデフレの局面(第一と第二のデフレの併存)に入ったという点である。GDPデフレーター(総合的に物価動向を見る指標)は1998年度から対前年度で▲0.5%となり、その後、2007年度の▲0.9%までマイナスのまま推移してきた。政府は20013月の月例経済報告で「日本経済はおだやかなデフレ状態にある」とデフレ宣言をした。

デフレとは経済全体のモノやサービスの価格が継続的に下落することを言う。そのタイプは、第一にモノやサービスが売れないことから在庫などが増え値崩れを起こし物価が下落することで、不況のときのデフレである。第二は、原材料や人件費が継続的に低下することで、モノやサービスの価格が低下するデフレである。このデフレは外国為替の動きによっても生じる。現在のような円高にともない輸入品の国内価格が下落するタイプのデフレである。また、このデフレは経済のグローバリゼーションから生まれている、という点ではよりやっかいなものとも言える。

第一のデフレは不況という意味で「良くないデフレ」である。現在のアメリカ経済は、資産デフレ(住宅など不動産と株など金融資産の資産価値が下落し、一方で負債はより重くなる)が深化し、もの(自動車、住宅、高額の消費財など)が売れずに生産過剰となって解雇が広がり、それによってさらにものが売れない、という「デフレ・スパイラル」の瀬戸際に立っている。その点は、不動産不況からの金融危機によって景気が悪化しているイギリスも同様で、ここも「デフレ・スパイラル」の縁にたたされている。

日本の場合は、おそらく、勤労者所得が下落し始め、同時に家計の貯蓄率が下がり始めた1997何度からこのタイプのデフレの種が蒔かれたようである。「家計調査」によると1997年度の勤労者世帯の「世帯主の勤め先収入」は月額487千円だが、それをピークにして毎年低下し、2000年に468千円、2003年に431千円、そして2007年には432千円と低迷する。大体、ピーク時と比較して月に5万円以上の収入減となっているわけである。これには商品価格の下落というデフレの影響も入っているが。

「国民経済計算」によると、家計の貯蓄率は1997年度の11.4%から2007年度の2.2%まで落ち込む。貯蓄をするための家計の余裕が失われ、その分、追加的な消費に回る金がなくなっているのである。

このため国民経済計算における1997年度の労働分配率は73.2%だったが、2001年度に74.2%とやや上昇する。その後はストンと落ちて2007年度は70.9%である。

これらの結果、家計消費が伸びないこととなり、景気上昇の足を引っ張ることとなる。しかし、それは表面化することなく、輸出産業を中心とする企業収益の伸びによって隠され、これも史上最長の景気上昇(いざなぎ超え)を謳歌してきたのである(これもおそらく200710月頃にピークアウトしている)。そして企業部門はこれも史上最高の収益を謳歌する一方、国際競争力の強化を口実にパートや期間工、そして派遣という非正規雇用を拡大できるよう法改正を行わせ、労働者への配分を引き下げてきた。一方で株主への配当割合を高め、借金を返済し内部留保を厚くしてきた。この10年の景気上昇は、雇用を犠牲にし、金融工学に浮かれた虚ろな活況だったのだ。現在急速に悪化する日本経済の不況は、このような労働者への分配を削り、不安定雇用と働く環境の悪化を進めることによって準備されてきたのである。

現在、1986年の「前川レポート」にならって「輸出依存型経済」を「内需主導型経済」に転換すべきだという論調が強まっているが、それを本格的な労働分配率上昇につなげることができないなら、絵に描いた餅に終わるだろう。労働分配率の上昇とは、非正規労働者の割合を引き下げることでもある。個々の経営者の判断において、このようなマクロ経済への配慮と雇用責任者としての心構えをどれほど涵養できるかも大きな課題である。

第二のタイプは経済にとってはまずは「良いデフレ」である。たとえば円高とは、日本経済がそれだけ市場で高く評価され、円が買われている状態だからである。また消費者にとっても生活水準を維持しやすい。しかし、立場によって影響が異なる。輸出産業は衰退するし、安価で整理しやすい無権利状態の非正規雇用を増やそうとする圧力は強まる。「良いデフレ」が生じた最大の要因は、経済のグローバリゼーションである。端的に言えば、中国やベトナムなどの安い労働力による安い製品(ユニクロが典型だし、生活協同組合も中国頼みだった)が日本市場を席巻することである。この競争にさらされた結果、経営者の経営判断を媒介にして、非正規雇用が急速に拡大することとなったといっても良い。したがって、非正規雇用者の割合が3分の1を超え、年間の所得が200万円以下の人が1000万人を超えるという状況は、簡単に元に戻すことは難しい。

この二つのデフレが併存しているのが日本経済の現在で、特にこのグローバリゼーションの圧力は、世界的なデフレが深化すればより強くなる可能性もある。これに対抗して、新しく生まれた貧困層が「競争社会の地獄」から抜け出すことを助けるとともに、ハンディキャップをもった人々と共に生きていけるような地域社会をつくり、国民生活の安定と安心を築くために、新しいセイフティーネットを再構築することが急がれるのである。

 

主な参照文献等

1、『国民経済計算年報』

2、『家計消費統計』

3、『労働再規制』五十嵐仁、ちくま新書、2008年。

4、『年金をとりもどす法』社会保険庁有志、講談社現代新書、2007年。

5、『イギリスの政治行政システム』竹下謙ほか、ぎょうせい、2002年。

6、『生活保護があぶない』産経新聞大阪社会部、扶桑社新書、2008年。

7、『スウェーデン 高い税金と豊かな生活』星野泉、イマジン出版、2008年。

8、『生活保護vsワーキングプア』大山典宏、PHP新書、2008年。

9、『労働ダンピング』中野麻美、岩波新書、2006年。

10、『現代の貧困』岩田正美、岩波新書、2007年。

11、『反貧困』湯浅誠、岩波新書、2008年。

12、『日本の経済格差』橘木俊詔、岩波新書、1998年。

13、『なぜ資本主義は自壊したのか』中谷巌、集英社インターナショナル、200812月。

その他、文中の引証文献・新聞記事など。

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