TOPPAGE福祉政策>ガバナンスの時代と地域福祉

ガバナンスの時代と地域福祉

澤井勝(武川正吾編著『地域福祉計画』有斐閣:所収予定草稿)


サマリー

現在策定されつつある地域福祉計画は、市民と自治体との関係を対等で平等なものとして構築するための重要なプラットフォームとすることができる。そのように確立した地域ガバナンスの組織や考え方は、地域福祉政策が有効に機能し、住民が安心して暮らせる地域をつくるこという意味をも持ちうる。 

1990年代からガバナンス論が台頭している。その理由は、第一に代議制民主制に基礎をおくガバメントへの信頼の低下である。第二に財政危機である。そのために福祉国家の危機機やゆらぎという議論が行われてきた。また右肩上がりの経済を前提に出来ない状態での、新しい市民社会構築の議論としても展開されている。基本は政府間そして市民セクターとが「対等」で平等な関係をつくる中で、新しい統治システムを協働してつくるところにある。このガバナンス論構築の議論は、日本の場合はまず地方分権改革として進行しているといってもよい。この地方分権改革は国と都道府県、市町村を対等・平等な関係にしようとしているものだが、なお制度改革としての領域に止まり市民と行政の関係を変えるまでに到っていない。

このような中で、政府と市民との関係を変えるためには、自治のあり方を変えることが必要だが、そのためには特に地域自治組織のような自治体内の分権化と分散化が重要である。そしてそこにおける予算編成と執行権の地域自治組織や現場などへの移譲が不可欠である。もうひとつ、このようなガバナンス確立の最大のポイントは、行政内部組織の一部での組織原理の転換が求められる、ということである。行政の自己改革なくしてガバナンス時代を語ることはできないのである。そのためには第一に組織のフラット化が必要である。また現場を市民との討論の場とするともに、そこでの提案を直ちに実行できる、ネットワーク型組織が求められる。地域福祉計画は、基礎自治体である市町村の中に組織される地域自治組織の地域福祉計画として策定され、推進されることによってガバナンス確立のひとつの重要な筋道となる可能性をもっている。


第1節 ガバナンスの意義 (1)ガバメント(政府統治)の機能低下 (2)ガバナンス論の台頭

第2節 我が国政府統治のパラダイム転換 (1)地方分権改革 (2)国と地方は対等・平等な関係に (3)80年代末の改革

第3節 市民参加、当事者参加の展開 (1)社会福祉法における住民の位置 (2)協働とパートナーシップ (3)介護保険における参加と公開 (4)NPO法人の登場

第4節 多様な主体によるガバナンスと「新しい政府機能」 (1)市民参加と「協働」の展望 (2)行政改革の方向


第1節 ガバナンスの意義

(1)ガバメント(政府統治)の機能低下

 1、住民を重要な一方の主体として地域福祉計画を策定し、またその実践の担い手としても主体として位置づける、そのようなかたちで社会福祉政策を再構築するという動きは、実は従来の「政府」の役割や機能を見直すと言うことでもある。

 世界的に見ると、1979年の英サッチャー政権、1981年の米レーガン政権の登場に見られるように、1980年代初頭にそれまでの拡張的な政府支出による公的な社会保障政策の推進を、政府の過剰な肥大化とみる思潮が優勢となった。このことは、アングロ・アメリカ社会において最初に明瞭な形をとったが、ドイツやフランス、イタリアなどのヨーロッパ大陸諸国、さらにはスウェーデンなど北欧諸国においても時間のずれと、そのあらわれかたは異なるものの波及することとなった。それにともなう社会保障財政の見直しが進んだ1980年代の変化は、しばしば「福祉国家」の動揺と後退、あるいは「福祉国家のゆらぎ」と指摘されてきた(注1:例えば右田紀久恵「福祉国家のゆらぎと地域福祉」右田、上野谷、牧里『福祉の地域化と自立支援』中央法規、2000年9月)。その基礎にある最大の要因は、「財政危機」と「政府への不信」である。

 このうち財政危機はとりわけ社会保障財政の危機として議論された。この危機は大きく言えば経済成長の停滞にともなう税財源の伸びの鈍化に対して、年金、医療、失業保険、社会福祉という20世紀の福祉国家が築いてきた社会保障システムが、政府として給付しようとする給付額を、それまでの延長上では賄えなくなるというように捉えられる。つまり、政府が約束してきた国民の生活を保障するという機能が、財政的な制約から、それまでのシステムのままでは機能不全に陥るという局面が、20世紀の最後の10年間に明瞭になってきたのである。

 我が国の場合は、1981年3月に設置された第二次臨時行政調査会(土光敏夫会長)が、「増税なき財政再建」を掲げて、国鉄、電電公社などの民営化とともに、「日本型福祉社会」という、家族と企業に福祉機能の多くを委ねる施策を推進しようとしたことが、このような思潮の流れを汲んだものと見なされた。つまり第二次臨調が、先進諸国における財政危機と社会保障見直しの日本的表れとなったとも言える。

 なお、主にこのような財政制約からの社会保障制度の見直しは、グローバリゼーションの浸透とともに、21世紀になると各国でより先鋭になってきている。例えばドイツでは2003年の3月に、社会民主党政権であるシュレーダー内閣によって「アジェンダ21」という失業給付の見直し、健康保険制度改革や支給開始年齢の引き上げや保険料の引き上げなどの年金制度の改革の提案が行われている。フランス、イタリア、オーストリアでも20世紀末からの議論を踏まえて2003年に同様な動きがあった。

 ところで、我が国の場合、財源的に見て政府が担う社会保障機能は決して大きい訳ではないことには注意が必要である。第1表に見るように、1998年の水準でも、政府の社会保障財源の規模は、対GDP(国内総生産)比で、17.34%であり、80年代から90年代の改革をくぐってきたイギリスの29.23%よりも10%ポイント以上低く、エーデル改革などを経たスウェーデンの36.25%よりも18%以上低い水準である。

第1表 (林建久、加藤栄一、金澤文男、持田信樹『グローバル化と福祉国家財政の再編』東京大学出版会、2004年1月、180頁)が入る。

(2)ガバナンス論の台頭

 1、一方で、政府の機能をその政治的機構として反省するトレンドが、1990年ごろからヨーロッパやアメリカ諸国などで強くなってきたとされている(注2:中邨章『自治体主権のシナリオ』葦書房、2003年3月、18〜20頁。)「ガバメント」という政治的機能に対する批判といっても良い。「ガバメント」とは、英語圏では行政と議会が市民を管理する、支配するという意味合いが強く「政府統治」という言葉に近い。基本的にはこの20世紀的な政府システムに対する不信感が強まってきているのが世界的な傾向であることは指摘のとおりであろう。

 中邨によると、まず20世紀の終わりに近づくころから、主にふたつの要因によってガバメントとしての政府機能が低下してきている。第一には、経済のグローバル化である。経済のグローバル化は特に金融経済のグローバル化が顕著だが、国際企業の経済活動を国境によって管理することが非常に困難になるというかたちで現れている。政府の規制を超えて流通と生産、そして金融取引と資本の移動が激しく行われ、ガバメントはその力を大きく制限されてきている。

第二の要因は、情報技術の発展である。特にインターネットを通した情報のグローバル化によって、政府の情報管理能力は著しく制限されるようになった。同時に情報独占と秘匿による政府の統治機能の維持も、情報公開とその早い流通によって極めて難しい状況になりつつある。

これらの条件もあって、政府機能の限界が明瞭になり、それが「政府への信頼」をゆるがせ、「政府不信」を広げてきているとされている。

この政府不信は、次に見るように「代表民主制」への批判である側面を持つが、同時に行政国家としての福祉国家を運用してきた「官僚制支配」に対する批判であるということもできる。国際比較調査によると、そうした政府不信はヨーロッパ全土に一般化しつつある。『代表民主制は、環境問題や人口の爆発的増加、あるいは貧困や失業、それに移民の急増や国家間の敵対意識の増幅など、今日の社会が直面している数々の難題になす術を知らない。民主制はそれらの困難に対して、解決策をみだせない状況にある。政府や自治体が非力であるということは、国民一般の目に一段と鮮明になった。』(注3:中邨『前掲書』、31頁。)

このようなガバメントに代わって、「ガバナンス」という考え方に関心が集まるようになっているのである。この「ガバナンス」という言葉は、1988年にピッツバーグ大学のガイ・ピータースとジョージタウン大学のコリン・キャンベルとが学術雑誌『ガバナンス』を発刊したことによって注目されるようになった。その後、1990年代の金融危機の際に世界銀行やIMFが対象国の「ガバナンス」の確立を議論するなどして広まっていったとされている(仲埜『同』など)。

現在、「ガバナンス」という言葉が意味するものは、縦系統の支配としての「ガバメント」に対して、例えば中央政府と地方自治体が「対等な関係に立つ」という意味合いを持つ。そして市民と政府も、対等な、水平な関係にあるという意味で使われる。和訳として「協治」とか「共治」などとされる由縁である。もうひとつは、「ガバナンスと市民社会」というように、「市民社会」を再構築する手段として「ガバナンス」を議論する傾向が強い。

このように政府と政府、政府と市民や企業が水平的な関係に立ち、協力するということは、「情報公開」をキーとした「参加」ないしもっと積極的に「参画」ということを不可欠なものとする。そしてこの政府の意味の転換を表す「ガバナンス」から生まれ、各国で進行している「行政改革」の特徴としては、次のような規定が比較的よくその特質をあらわしている。

 先ほどのガイ・ピーターズ教授によると、政府への不信を除去するために各国で進行している行政改革の枠組みとして、4つのパターンを挙げている。それは第一に「市場原理モデル」(Market Government),第二には権限の下方への移譲などに力点を置く「参加志向モデル」(Participative Government), そして第三には行政運営にパートタイマー職員を雇用するなど柔軟性をもたせようという「柔構造モデル」(Flexible Government), そして第4に、規制緩和や撤廃を求める「規制緩和モデル」(Deregulated Government),である。(注4:中邨『前掲書』44頁など。)

 ただ「ガバナンス」の実現のためには、行政の透明性、行政の執行過程を担う市民活動、その市民的政策評価など、現状を超える行政と市民、事業者の「協働の仕組み」が追求され、「行政の過度の市場化」を「説明責任」の確立によってコントロールする必要がある。

 現在のガバナンス論は、社会的に解決すべき課題、すなわちアジェンダの複雑化とその量的拡大に対する政府の解決能力の機能低下を批判しつつ、その政府機能を補完するとともに、その官僚制の改革をも展望する。すなわち「ガバナンス論」は、そのために市民のエンパワーメントを通じて市民社会を再構築し、行政と市民とが協力しつつ新しい公共空間をつくることを目指すという方向で議論される傾向が強いといえる。

 それは、福祉国家と福祉社会の新たな連携を追求する作業(注5:武川正吾『福祉社会』有斐閣アルマ、2001年5月など。)のひとつでもある。

第2節 我が国政府統治のパラダイム転換

(1)我が国における地方分権改革

 前節に見たような政府統治における世界的なガバメント重視からガバナンス重視への転換という動きは、わが国の場合も、同様に進んでいるといってよい。我が国の政府統治の転換は、市民参加の流れとして、また当事者参加の流れとしておおむね1970年代からゆっくりと進んできた(注6:篠原一『市民の政治学―討議デモクラシーとはなにか』2004年1月、岩波新書、34頁〜50頁など)。

国内の様々な動きに基本的には支えられて、市民が直接に政府活動などに参加する領域は拡大してきたと言ってもよい。同時にそれは国連のいくつかのキャンペーンに支えられてきた側面もある。例えば障害者の完全参加10年のキャンペーンや、女性の10年などがそれにあたる。

 そして制度的には、これらの動きを決定的に加速させ得る改革が1990年代に行われた。いわば政府間関係におけるパラダイム転換が行われたのである。それは地方分権改革である。ガバナンス概念の重要な要素として、縦系統の関係を、水平的な関係に変える改革があるのは前述したとおりである。すなわち、中央政府と地方政府が、水平的で対等な関係として再編成されるなかで、ガバナンスが有効に機能するという考え方である。

 2000年の4月1日にいわゆる「地方分権一括法」が施行された。この一括法は560本以上の法律を一括して改正ないし制定したものである。中心は、それまで都道府県の事務の7割から8割、市町村の事務の5割から6割を占めるといわれた「国の機関委任事務」(地方自治体の機関である知事や市町村長に執行するよう法律又はそれに基づく政令によって命令された国の事務)制度を廃止し、地方自治体が処理する具体的な事務は、原則として自治体の「自治事務」とされた点である。その「自治事務」のいわば例外として、国の関与がより強い「法定受託事務」として整理される事務が規定されるという構造をしている。

 なお自治事務とは、自治体の代表である知事、市町村長の定める規則、および議会の定める条例によって、すなわち自治体の裁量でその事務を執行することができる事務である。

福祉行政では、「保育に欠ける児童」を保育所などで保育することは、分権改革以前は国の機関委任事務から団体委任事務に移され国から団体に委任された事務と観念されていた事務であった。これが2000年4月以降は市町村の責任で実施すべき事務であるが、自治事務とされている。介護保険を含む高齢者福祉施策も、市町村がその責任で行うことを求められるが、自治事務である。法定受託事務としては生活保護事務が挙げられる。この生活保護事務でも、自治事務部分を含んでいる。また、「法定受託事務」も地方自治体が実施すべき事務ではあるが、「国の事務」ではなく、「自治体の事務」であることには変わりがなく、従って、法律の定め方にもよるが、法定受託事務に関してそれを運用する「条例」を制定することができる(地方自治法第14条および第2条第2項)。

 この地方分権の政府レベルでの流れは、1994年12月の自社連立の村山富市内閣での閣議決定、「地方分権大綱方針」のとりまとめから始まり、1995年5月の「地方分権推進法」成立と同年7月の「地方分権推進委員会」の設置に至る。

 6人の委員(諸井虔、堀江湛、長洲一二、桑原敬一、西尾勝、樋口恵子)からなる「地方分権推進委員会」は、地域づくり部会(成田頼明部会長)、くらしづくり部会(大森彌部会長)を設置して精力的に官僚との論議を進め、1996年2月に「中間報告」をとりまとめた。その第2章において、次のように述べられている。「地方分権推進法の趣旨に即して、国と地方公共団体との関係を抜本的に見直し、地方自治の本旨を基本とする対等・協力の関係とする行政システムに転換させるためには、この際機関委任事務制度そのものを廃止する決断をすべきである。」と述べた。この趣旨は、その年の12月に行われた「第一次答申」にそのまま引き継がれている。

(2)国と地方自治体は対等・平等な関係に

 この分権推進委員会の諸答申に基づく地方分権改革によってもたらされた、国と都道府県、国と市町村、都道府県と市町村との対等・平等な関係とは、制度上の改革としては以下のとおりである。 @ 国と地方自治体、都道府県と市町村の間には、「指導する、指導される」という関係がなくなった。あるのは「技術的助言、勧告、資料の提出の要求」(自治法第245条の4)のほかには、「是正の要求」や「是正の勧告」等である。

 A したがって、国が地方に対して「通達」によって「指導する」ことはできない。国と地方自治体の間には通達による関与は原則として廃止されている。事務次官通達、局長通達、課長通知、などはいずれも法的な拘束力をもたない「参考としうる文書」以外のものではない。

B 法令の解釈権は現場にあり、市民と利用者にある。したがってまた、法律や政令、それに各省の命令である省令などを解釈する権原は、地方自治体にもある。市町村と都道府県にも「法令解釈権」が付与されたということができる。

 C ということは、地方自治体は自らの責任において、法令を解釈し、その地域において適切に執行する責任があるということでもある。これこれの問題について、国にお伺いを立て、その指示に従う、という態度は許されないこととなった。自らの責任において積極的に法令を運用すべきなのである。

(3)80年代末の改革

このようなガバナンスを構築するための取り組みは、厚生行政の中においても1980年台末から進んできたともいえる。もちろん内容は、国の関与の強い行政内分権と、主たる介護者の存在を前提とした民間活力の利用という財政制約の下での矮小化されたかたちではあるが。その例が、1990年の「福祉8法改正」である。福祉8法改正とは、社会福祉事業法、老人福祉法、児童福祉法、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法(当時、現在は知的障害者福祉法)、母子寡婦福祉法、老人保健法、社会福祉医療事業団法)を改正したものだが、その主な内容は、1、在宅福祉サービスの積極的展開、2、福祉サービスの権限を原則として市町村に一元化する方向に踏み出したこと、3、高齢者保健福祉計画の策定を市町村に義務づけたこと、などであった。

 ここでは、財源的な支えが貧弱なまま権限を一元化するというレベルで、その権限の市町村への付与も、細かい規制をともない、市町村の裁量権を認めないような「分権化」だったといえる。とはいえ、地方分権の大きな方向性は大きくは時代の流れと一致していたとも言える。

なお、この制度的な改革は、実際の政府間の関係として実現しているわけではない。行政の実務では、なお多くの場合、国が都道府県を「指導」したり、都道府県が市町村を「指導」していたり、また市町村が「指導」を仰いだりしているのが実状である。人々の観念を変えることは短時間には難しいので、この状態はなお続くであろうから、引き続き地方分権改革の意義を提示し続けることが重要なのである。(注7:なお、澤井勝「地域福祉と自治体行政」、大森弥編著『地域福祉と自治体行政』ぎょうせい、2002年10月所収、を参照されたい。)

第3節 市民参加、当事者参加の展開 

(1)社会福祉法における住民の位置づけ

  既に指摘されているとおり、社会福祉事業法を改正した社会福祉法では、その第4条で、「地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者、及び社会福祉に関する活動を行う者は、相互に協力し、・・・地域福祉の推進に努めなければならない。」と規定している。この規定では、「地域福祉の推進に努めなければならない者」は、第一に、「地域住民」であり、第二に「社会福祉を目的とする事業を経営する者」(本法の第2条にいう第一種社会福祉事業者と第二種社会福祉事業者のほか、社会福祉事業を経営する立場での市町村や都道府県、国などと、介護保険事業者のようにそれ以外の株式会社やNPOなどもここにいう事業を経営する者である)、第三に「社会福祉に関する活動を行う者」、すなわちボランティアなどとされている(注8:社会福祉法令研究会編『社会福祉法の解説』中央法規、2001年10月、109頁〜111頁)。

このように社会福祉法は地域福祉について地域住民に努力義務を課すことで、地域福祉の責任ある主体として位置付けたのが最大の特徴であるということもできる。さらに、ボランティアについても地域福祉の担い手として積極的に位置付けているが、そのボランティアも多くが地域住民であることを考えれば、地域住民はこの法律で二重に責任ある主体として位置付けられていることになる。

なお、公権力を行使すべき主体としての、国、都道府県、市町村については第6条で、「国及び地方公共団体は、社会福祉を目的とする事業を経営する者と協力して、社会福祉を目的とする事業の広範かつ計画的な実施が図られるよう、福祉サービスを提供する体制の確保に関する施策、福祉サービスの適切な利用の推進に関する施策その他の必要な各般の措置を講じなければならない。」と定める。この条文は、国と地方自治体が福祉サービスの確保についてその公権力を行使して適切な措置を講じるよう義務を課し、行政責任を明確にしているとされている。つまり地方自治体も、事業者であるとともに行政責任を明確にもった公権力、というかたちで二重に規定されているのである。

(2)協働とパートナーシップ 

 この社会福祉法の規定から、直接に、「行政と住民、事業者の協働」という考え方が導かれてくる。これら三者は、「相互に協力して,地域福祉の推進に努めなればならない」のであるから、共に地域福祉を進める、対等な協力関係をつくっていくことが求められる。この「協働」という考え方は、「パートナーシップ」の確立という形でも主張され、既に多くの地方自治体の総合計画やまちづくり施策の中に取り入れられている。

 この「協働」ないし「パートナーシップ」という政策志向の事例を挙げてみよう。まず、「グラウンドワーク(Groundwork)」という手法がある。これは我が国の成功例としては、静岡県三島市の「NPO法人 グラウンドワーク三島」がある。そのキャッチコピーは「市民が主役」であり「右手にスコップ・左手にビール」である。1992年9月から市民のイニシアティブで河川の再生や、公園の造成などを行ってきた。グラウンドワークとは、1981年12月にイギリスで設立された「グラウンドワーク・トラスト」に始まる実践的な環境改善活動で、住民が行政や企業とパートナーシップをとりながら、環境改善に取り組むことである。この三者を仲介するトラストという専門組織をもっている。日本では、この三島から始まり、1995年には「財団法人 日本グラウンドワーク協会」が設立されている。

 また、多くの市町村の総合計画やそのもととなる基本構想にも、「協働」という概念が導入されている。2001年3月に策定された大阪府枚方市の「総合計画」では、次のように述べられている。「今、ごみ処理をはじめとする環境問題や福祉の問題など様々な課題がありますが、これらはすべて行政だけで解決できる問題ではなく、行政と市民とがパートナーシップを確立し、それぞれの役割と責任を分担しながら、ともに知恵を出し合い、汗を流して取り組むことが大切です。こうした考えのもと、本計画では、行政と市民、事業者が協働してまちづくりに取り組む必要性を明確にしました。」

(3)介護保険における参加と公開の進行

 2000年4月に施行された介護保険制度は、保険事業者として市町村を位置付けた。そして、既に策定されていた各市町村の「高齢者保健福祉計画」と一体のものとして、「介護保険事業計画」を策定し、第1号被保険者(65歳以上の住民)の保険料を算定することとされた。その際、特に重視されたのは当事者の審議への参加である。ただ介護を要する高齢者の討議への参加が直接には望めない現状から、介護を要する高齢者を現に介護するか、介護した経験をもつ「当事者」の審議への参加が必須要件とされた。そのために、介護保健事業計画策定委員会に、公募の市民を参加させることが推奨された。実際に、この公募委員制度は相当数の自治体で採用され、議論の活性化に大きく役立ったといえる。

 また、会議の内容の公開もかなり広がった。議事録の公開、審議の傍聴(報道機関を含む)、資料の公開(インターネットのホームページなど)など、それまでにない取り組みが各地で見られた。「情報なくして参加なし」という標語が、相当に重みのあるものとして生かされた。さらに鳥取県西伯町や秋田県鷹巣町、東京都調布市などのように、「福祉を考える100人委員会」など、広範な住民を主体とする討論の輪を拡大するこころみも注目された。

(4)NPO法人の登場

 住民が主体となるという場合、個々の力ある住民が議論に参加するばかりではなく、む

しろ実施主体としての住民を考えると、なんらかの形で地域において「組織された住民」がどの程度活動しているかが重要な意味を持つ。その観点からすると、1998年3月に成立した特定非営利活動促進法(いわゆるNPO法人法)によるNPO法人の拡大が大きな意味を持ちうる。この特定非営利活動促進法は、その後の改正でNPO支援税制を組み込んだ改正が2002年12月に行われ、2002年4月から施行されている。

 内閣府の調べによると、この法律による認証団体は、次のように増加している。

                       全国の認証団体数

2000年1月28日現在      267    

2001年1月26日               1869       700.0%増加

2002年1月25日               4502        240.9%

2003年1月31日               8679        192.8%

2004年1月31日              15151        174.6%

(内閣府ホームページ掲載資料から作成)

 このように、法に基づく認証団体は、5年で58倍に激増している。都道府県別では、最小の鳥取県でも51団体が、島根県で57団体、徳島県で63団体が2004年1月までに認証を受け活動している。なお、人口当りにすると最も団体数が多いのはこれら人口が小さい県であり、東京都や大阪府は相対的に小さい。

 ところで、これらのNPO団体のうち、福祉活動をその主な目的とする団体の動向をみると付図のようになる。全国社会福祉協議会の行っている「住民参加型在宅福祉サービス団体実態調査」から作成されたもので、NPO法人法制定以前からのNPO活動をも対象としているので、厳密には比較できないのであるが、傾向として見れば大きく伸びてきていることがわかる。

付図 (松村、大森『福祉社会の政策課題』放送大学教育振興会、2002年3月、136頁、図10-5)が入る。

第4節 多様な主体によるガバナンスと「新しい政府機能」

(1)市民参加と「協働」

前節までに見たように、NPOなどのような形で、新しい市民的な福祉事業の担い手が

育ちつつある。それは消費生活協同組合を母体としたワーカーズコレクティブといった形をとることもあり、かならずしも法人形態をとらない。また障害者団体が各地の自立生活センター(JIL)のように自ら事業運営主体として登場してきている。

 そして、介護保険制度の施行によって、株式会社や有限会社など商法法人が積極的に、かつ大量に福祉産業の領域を形成しつつある。この中には、コムスンやニチイ学館のような全国的な事業展開を行う事業者も登場しつつある。

 このために、自治体のほうから、これらの民間事業者への委託事業を積極化する動きが強まっている。特に「指定管理者制度」の導入によって、「公の施設」の管理を、公共団体等に限定されていたものが、「法人その他の団体であって当該普通地方公共団体が指定するもの」に改められたことも大きく影響している(地方自治法第244条の2の改正で、03年9月に施行されている)。つまり、従来は認められなかったNPO法人などにも、条例による規定をもって福祉施設の運営を任せることも可能なったため、民間セクターの活動が従来の公共の領域に今まで以上に浸透しやすくなっている。

 このために、行政側に安易な「民間委託」感覚での「安上がり行政」の受け皿としてNPO法人を考えたり、「協働」という言葉を「参加」程度に考えて行政の手足として利用したりする傾向も生じている。そのために自律的な市民活動をスポイルし、使い捨てる状況が広がることが強く懸念されている。

 「協働」とは、各政策主体または事業主体が、情報公開を前提として「対等な立場」で、相互に「協力」しながら、共通の「事業目標」を実現するように、「討論」しながら、「活動すること」である。

 現状はそれにほど遠い。それは主として行政の側に問題があるからである。つまり、ガバナンスを成立させるための、キーとなるのは、市民や事業者の力量を強めることと同時に、いやそれ以上に行政側の改革なのである。この改革を通じた「新しい政府機能」、すなわちガバメント機能の明確化と限定、およびネットワーク型組織と官僚支配的組織とを組み合わせる組織論とが求められる。

(2)新しい政府機能に向けた行政改革の方向

このような行政改革の方法としては現在のところ次の3点が重要である。第一には「地域自治組織」の形成と支援である。つまり自治体内の分権化の推進である。分権的・分散的基礎的自治体へ、と言っても良い。「地域自治組織」とは、市町村合併を推進するにあたって、旧町村の一定のまとまりをみとめるために、「地域審議会」というかたちで認められているのがひとつの形だが、それにこだわらず、より分権的で、住民自治を推進するために工夫がこらされてよい。特に、地域ごとの地域活性化計画と事業計画が策定され、それを基礎にした予算編成への地域からの参加を実施したい。さらに、予算執行の権限をこの地域自治組織に付与するとともに、その執行過程と公開するためにも、地域自治組織委員会ないし評議会が付置されるべきだろう。この地域組織が行う、予算編成とその執行を地域で評価する仕組みも必要である。事業評価を地域住民によって行うということになる。これは本庁での企画部門や全体的な評価委員会、首長による予算編成と組合わせたものとなる。

 各市町村の地域福祉計画は、このような地域自治組織ごとに、その実施計画としての地区福祉計画に具体化される必要がある。逆に言うと、地域福祉計画を住民が主体となって策定し、推進するためには地域自治組織の主たる仕事として、「地域福祉計画」の地域自治組織ごとの「地区福祉計画」の策定と推進が位置づけられる必要がある。

 第二には、行政改革として、組織のフラット化が行われなければならない。ピラミッド型組織の高さを低くし、意志決定の距離と時間を短縮することが重要なのである。端的に言えば、起案から政策決定、そして事業実施までの「ハンコ」の数を減らすことである。政策や事業を、現場の職員が市民と討論して企画、起案したら、それはなるべくその現場に近いところで行政的な決済を行えるようにすべきである。中間的な管理職組織は、情報のリレー機関に過ぎないか、新規事業をチェックし抑制する機関にすぎないのであるから、これらは、地域における切実なニーズに対応するためには不要だと言うことも出来るからである。

第三には、従って、本庁での管理部門は圧縮することになるが、その余裕戦力はできるかぎり地域に張り付くようにしなければならない。すなわち、自治体職員を「ソーシャルワーカー」として現場に展開することが求められるのである。事業費を削減せざるを得ないとしても、人件費としての、すなわち職員自身が地域で働くというかたちでの、ガバメント機能を再構築する必要があるのである。

(3)地域福祉計画とガバナンス

 以上に見てきたように、これからの政府のあり方は、ガバナンスの一部を構成するという形にならざるを得ない。ガバメントとしての権力機構の果たすべき責任をはっきりさせること、また地域においてガバナンスを有効に確立すること、そのことによって、地域の住民の安全と安心を確保することが、基礎的自治体の本来の仕事だと言うことがより明確になってきたとも言えよう。

 そのような展望の中で、地域福祉計画の策定とその計画的推進事業は、ガバナンス確立のための中核的な事業となる。自治会、町内会などの地域住民組織およびNPOなど課題解決型市民組織とともに、また「社会的責任投資」によって鍛えられた事業者とともに、自己改革を進める行政が、自らの行政責任として地域福祉計画を策定し推進していくことによって、このようなガバナンスすなわち「新しい自治の形」を創造していくことにつながるのである。そのことはまた、21世紀において「市民社会」をこれから再構築していくための、ひとつの道筋となる可能性をもっていると考えたい。

Copyright© 2001-2005 Masaru Sawai All Rights Reserved..